第4話 ねがいごと
「お前、もうすぐ死ぬぞ」
その前に聳え立つ大きな木の上から、オレはコハクを見下ろしながら、そう言った。
丸い月が輝く夜、星空をバックに大木の上に、颯爽と降り立った天使。
うん。演出としては、まぁまぁだと思う。
人間界におりる前、オレはサリエルから人間のことについて、少しだけ話しをされた。
なんでも人間は、天使のことを神の使い……つまり、神様からのメッセージを届ける、とても、ありがたい生き物だと思っているらしく、この仕事をまかされる前、サリエルから念押しされたのだ。
『いいですか、クロ。いくら君が"天使失格"とはいえ、私のもとで働くからには、しっかり天使として働いてきてください。くれぐれも、
イメージを下げるな。
つまり『人間界で悪さをするなよ!』と、遠回しにくぎを刺されたわけだが、ここまで来たら、オレにもプライドがあった。
散々、サリエルに天使失格だの、極悪非道だの、出来損ないなど言われたんだ!
心を読まれていようが、これだけは言う。
あのサリエルを、ギャフンと言わせてやりたい!!
となれば、やはりこの仕事を
散々、バカにした出来損ないが、天使としてしっかり仕事をこなせば、あのサリエルだって、すこしは認めてくれるかもしれない。
というわけで、それなりに天使として完璧な演出をして登場したのだが、開けはなたれた窓から、まっすぐにこちらを見つめてくるコハクは、ずっと黙ったまま。
(どうしよう。なにもしゃべらない……)
ちょっとばかり焦る。
まぁ、いきなり目の前にこんな美形な天使が降り立てば、驚きもするよな?
オレは、呆然とするコハクに、哀れむような視線を送る。だが……
「あなた……死神?」
「…………」
その後、聞こえてきた言葉に、オレは目を見開いた。
し、しにがみ??
「ッ──ちッげーよ!? お前、このなんの混じりけもない純白すぎる羽が見えてねーの!? オレ、天使なんだけど!!」
「あ。ごめんなさい! 暗かったから、くすんで見えちゃって」
「くすんでるとか言うな!!」
オレ、この羽、けっこう自信あるんだけど!? そんじゃそこらの天使より、ずっと白くてキレイな羽根をしてるんだけど!?
それを、くすんでる!?
なんだ、こいつ。せっかく神秘的に登場してやったというのに!
「ふふ……そんな顔してたら、益々、天使には見えないよ?」
「ッ……悪かったな、こんな顔で! 愛想悪くても、一応天使なんだよ!」
仏頂面のオレをみて、コハクが穏やかに声をかける。
言ってはなんだが、昔からあまり愛想はよくはない。まぁ、嘘をつく時は、別だけど……
(しかし、まいったな……もっと天使らしく振舞うつもりだったのに)
すると、オレは小さくため息をついた。
いきなり死神扱いされたせいで、本来考えていたプランとは、かけはなれてしまった。
嘘をつく時もそうだけど、こういう時は、第一印象が大事なのだ。
だからこそ、真顔で『死ぬぞ』と宣告してからの、"優しい天使の笑顔"での語りかけ!
まさに、下げて上げる作戦で行こうと思っていたのに、いきなり死神扱いされて、つい素で返してしまった。
(でも、今更、ネコかぶってもなぁ……)
「ねぇ、天使って本当にいるんだね」
すると、今度はコハクの方から、声をかけてきて、オレは改めてコハクを見つめた。
「てか、なんでお前、驚かねーの?」
「驚いてるよ」
「いや、驚いてるようには見えねーよ!? てか、驚いているなら、もっとリアクションしろよ!」
「リアクション?」
「色々あるだろ! 叫ぶとか、泣くとか、わめくとか!」
「あはは。私、あまり顔にでないタイプなんだ~」
すると、コハクは穏やかに笑って返してきて、オレは、目の前の"看取る相手"をマジマジと見つめた。
正直その姿は、病気で入院しているようには、あまり見えなかった。
確かに色は白いし、どこか弱々しい感じもあるにはあるけど、こうして話をしているかぎり、コハクは、どこにでもいそうな普通の女の子だ。
むしろ、自分たち天使とも、そう変わらないように見えた。
直接、人間を目にするのは初めてだったけど、コハクはオレと背丈も年齢も、そんなに変わらないし、違うところと言えば、翼がついているか、ついていないか。多分、それくらいだ。
「ねぇ、私、いつ死ぬの?」
すると、ほんのわずかな間をおいて、コハクが再び問いかけてきた。
だけど、オレはその表情を見て、少しだけ疑問を抱く。
泣くこともなく、パニックになることもなく、至って冷静なコハク。
さっき、死亡宣告したのが、まるで嘘みたいに、穏やかだ。
(スゲー、拍子抜けだな……)
想像していたものとは全く違うコハクの反応に、オレは呆れかえる。
だけど、このままボーッとしている訳もいかない。オレは、再びバサリと翼を広げると、木の枝から病室の窓へと飛びうつった。
深夜一時を過ぎた病室は、とても薄暗かった。
月明かりだけがさす病室は、シンと静まり返っていて、オレはコハクの前に立つと、より近くなったその距離で、改めてコハクを見つめた。
「聞きたいのか? 自分の"死ぬ日"」
「…………」
するとコハクは、一瞬、口を閉ざしたあと
「うん、聞きたい」
そう言ったコハクに、オレはサリエルから渡された指令書を取り出した。
指令書には、看取る相手の名前や年齢だけじゃない。死亡する場所、日時、死因。そして、死ぬ時の状況まで、こと細かに記されていた。
オレは、その中から『死亡日時』が書かれた欄を確認すると、またコハクに視線を戻す。
「いいか、
「一週間後?」
「ああ。それと、オレは、お前を看取りにきた"天使のクロ"だ」
「クロ……」
死亡日時を聞いても、コハクは顔色一つ変えなかった。自分の命が、あと一週間しかないというのに。
それどころか──
「そっか! じゃぁ、天使が来たってことは、私天国に行けるのかな?」
そんな感じで、ひどくあっさりとしていた。まるで他人事のように
「……お前、頭悪いのか、死ぬんだぞ?」
「うん、わかってるよ。そっか、わたし"
「…………」
なんか、変わったヤツだな。
普通、死亡宣告受けて、笑ってられるか?
ちょっと前に、サリエルから『消滅宣告』を受けた、オレは
「ねぇ、クロ君」
「クロ君? いやいや、君付けとかなれてねーから、クロでいいよ。それよりコハク。お前、なにか叶えてほしいことはあるか?」
「叶えて欲しいこと? もしかして、叶えてくれるの?」
「そういう命令なんだよ」
軽く髪をかきあげながら、オレは、めんどくさそうに答える。
『願いを叶えてこい』とサリエルに言われた手前、これを果たしておかなくては、オレの罰はなくならない。
だけど、そんな俺にコハクは
「えーすごーい! 魔法使いみたい!」
と、急に目を輝かせ、オレの前に身を乗り出してきた。目と鼻の先まで距離が近づけば、女の子らしい匂いがして、ちょっとだけ動揺した。
「っ……ちょっと、離れろ」
「あ! ごめんね! ねぇ、願いってなんでもいいの? じゃぁ……」
「え!? ちょ、ちょっと、まて! お前、一週間で叶えられる願いにしろよ! あと、病人なんだから、どこか行きたいとか連れてけとか言うのもなしだ!! それと、嘘つくような頼み事もするなよ!? オレ、今、嘘つけないんだからな!?」
「え……何それ、なんか条件が多い」
「あたり前だろ! おれは天使なんだからな! ランプの魔神でも、未来から来たネコ型ロボットでもねーんだよ!」
「ふふ、大丈夫だよ。そんなムリなお願いじゃないから」
そう言うと、コハクはまたにこやかに笑って、オレを見つめた。
そして、
「あのね、クロ。私の―――」
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