第24話 願いを叶えるということ
「また会えたね、クロ」
そう言って、笑ったコハクを見て、クロは大きく目を見開いた。
「コハク? なんで……お前は今、天国にいるはずじゃ!」
「さて、これはどうしたものか」
すると、困惑しているクロの言葉を遮って、サリエルが、コハクを見つめた。
「人間が天使に生まれ変わるなんて、本来なら、ありえないことなのですが、君がここにいるということは、神様がお許しになったということでしょうか?」
「はい。クロが私のために犯そうとした罪も、全て神様に許していただいたうえで、私は今、ここにいます」
サリエルの問いかけに、コハクは臆することなく返事を返す。
クロの罪とは、あの夜、コハクを救うために、神様が決めた運命を変えようとしたこと。だが、それを聞いていたラエルが「ありえない!」と叫ぶ。
「あの神様が、人間を天使に生まれ変わらせるなんて!」
驚きを隠せないのは、皆、同じだった。なぜなら、天使と人間は住む世界が違う種族。人間は人間界で生き、天使は天上界で生きる。
それは、今までに一度だって変わることのなかった、神様が決めた『常識』だった。
それなのに──
「"ありえない"って、誰が決めたんですか?」
すると、そんなラエルを見て、コハクが問いかけた。
「今までに、前例がないからって、初めから『できない』って諦めていたら、ありえないことは、ありえないままです。でも、誰かが一歩踏み出せば、その"ありえない"が、いつか、"当たり前"になるかもしれない」
そう言って、穏やかに笑うコハクは、誰がどう見ても、天使だった。
そう、そこには、皆が、ありえないと思い続けていたはずの、元人間の天使の少女がいる。
「サ、サリエル様……これは、一体……っ」
「コハクは、短冊に神様への願い事を書いていたんですよ」
サリエルが手にしていた鎌を下ろし、そう囁くと、先程までクロに斬りかかろうとしていた鎌は、その瞬間、スーッと光の粒となって消えていく。
「……願いごと?」
「はい。しかし、よほど気に入られたのか、まさか、本当に叶えてくるとは思いませんでした。よくあの神様が、天使に生まれ変わることを許してくれましたね?」
「そうですね。今までどんなに願ったって、神様は私の願い事を叶えてくれなくて、きっと、この先も叶えてくれないんだろうって思ってました。でも……」
コハクは自身の胸の前で、手を合わせた。
あの日、止まってしまった心臓。
手を添えれば、その心臓は、またトクトクと力強い鼓動を刻んでいた。
「あの日、クロは私のために未来を変えようとしてくれました。その姿を見て気づいたんです。"本当に叶えたい願い事は、神頼みするんじゃなくて、自分の手で叶えなきゃいけない"んだって──」
クロは、口先だけじゃなかった。
願うだけじゃなかった。
生きていて欲しい──そう口にした自分の"願い"を、自分の手で叶えようとしていた。
そのクロの姿は、病院の中で、なにもかも諦めていた自分に、夢をみることも、願うことも、諦めていた自分に、未来を変えるために必要なのは『願う』ことじゃないんだって教えてくれた。
「夢だって、世界平和だって、ただ願うだけじゃ叶いません。叶えるためには、まず、自分が行動しなきゃいけない。クロは、行動してくれました。たった一週間しか一緒にいなかった、私のために──」
たった"一週間"だけの『家族』のために──
「だから私も、自分の家族は、たとえ神様に逆らってでも、自分の手で守ります」
コハクは、まっすぐにサリエルを見つめた。
その姿は、病を抱えていたころの弱々しいコハクではなく、どこか強い意志を秘めているようにも見えた。
「コハク……お前……っ」
すると、クロが床に座り込んだままコハクを見上げると、コハクは少し呆れたように笑う。
「だってクロ、消滅しちゃうって分かってて、最後の最後であんな嘘ついちゃうんだもの。だから、絶対に会いにいかなきゃって思って、神様に直談判してきちゃった!」
「じ、直談判!?」
一瞬にして、辺りがざわめいた。神様に楯突くなど、天使である自分達には考えられない暴挙だ。
これはコハクが、元人間だからなのだろうか?
「な、なんて恐ろしいことを! 神様に直接、抗議するなんて、一歩間違えば、もう二度と転生などできなくなりますよ!?」
「そうですね、ラエル。あの娘なかなか肝が据わっています。私の子供のころにそっくりです」
「え?」
「コハク! お前、なんて無茶してんだよ!」
「あはは」
顔を青くするクロとラエルを見て、コハクは少し恥ずかしそうに笑う。
「クロが言ってくれた、あの最後の言葉、すごく嬉しかった。こんな私でも、また会いたいって思ってくれる人がいるんだって思えたから……だから『クロを助けたい』って、神様に必死にお願いしたら、最後の最後でやっと私の願いを叶えてくれたの。ただ、転生するには少し時間がかかっちゃって、不安もあったけど……間に合ってよかった!」
すると、コハクはクロの前に膝をつくと、クロの手を取り、あの時と変わらない笑顔を浮かべた。
触れた手には、しっかりとした"ぬくもり"があった。
あの日、冷たくなっていったコハクの手が、今こうして、また熱を持ち、息をして、自分の目の前にいる。
生まれかわってきた。コハクが、自分のためだけに、この世界の常識を覆してまで───
「では、こうして再び会えたとなると、クロは嘘をつかなかったことになってしまいますね」
「え?」
すると、手を取る二人を見て、サリエルが呟いた。
その言葉に、クロは裁きが決まっても、ずっと引き延ばされていたことを思い出した。
「サリエル、お前……っ」
「本当に来るという確証はなかったので、君には辛い思いをさせました。でも、もう君を裁く必要はなくなったようです」
サリエルは小さく息をつくと、クロの頭を撫で、ほっとしたように優しく微笑んだ。
嘘も真実にしてしまえば、それは嘘にはならないのか?
少しだけ腑に落ちない気もしたが、きっとこれは、サリエルの優しさなんだろう。
すると、その瞬間、また涙が流れそうになって、クロはキュッと唇をかみ締めた。
ずっと独りで生きてきて、最期の一週間も、独りで過ごした。
だけど、自分が消滅すると分かって、こうして、助けようとしていた人たちがいたことに気づいて、胸の奥がじわりと熱くなる。
「オレ……今まで、たくさん……酷いことしてきたのに……っ」
それなのに、こんなオレを助けてくれた。
「っ、ごめん。ごめんなさい……」
そして──ありがとう。
クロがそう言えば、コハクは、またクロの手をキュッと握りしめ微笑んだ。
「あのね、クロ」
少しだけ恥ずかしそうに、頬を染めたコハクは、その後、ゆっくりとクロに視線をあわせる。
「もう一週間は終わっちゃったけど……これからも、私の『家族』でいてくれる?」
空には、真っ白な鳥が空高く羽ばたく。
それはまるで、これから始まる、明るい未来を暗示するかのように───
少年がついた、最期の優しい嘘は
少女の心を変え、神の心を動かし
最終的に───未来を変えた。
そして
孤独だった少年と少女は
その後──…
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