第9話 七夕かざり



 【7月3日】


 浅羽コハクが、死亡する日まで――あと4日。





 早いもので、今日でもう3日目。


 昨日、ラエルに『お兄ちゃん』と言われているのがばれて、あやうく天上界に連れ戻されそうになったけど、それをなんとか切り抜けて、オレは無事に3日目の午後を迎えた。


 あれから『しっかり読め』とラエルから言われた指令書を、これでもかと頭の中に叩き込んだ。


 天使の仕事のこととか、人間界についてのこととか、神様のこととか。


 それ以外にも、まさか死亡日時を伝えてはいけなかったなんて思ってもなかったけど、指令書を読めば、かなり大きな字で注意事項として書かれていて、指令書をまったく読んでいなかった自分のいい加減さにあきれかえった。


 確かに、これだけ大きな字で書かれているのに『日時を伝えました』なんて言われたら、ラエルだって怒る。


(しかし、まさかラエルが見に来るなんて、気を付けないとな)


 次はもう後がない気がして、オレは病室の窓のサッシに腰かけて顔を青くする。


 なんとか、この一週間、嘘をつかずにのりきりたい。


 でなくては、待っているのは”消滅”という名の”死”だ!


(……でもなんで、わざわざラエルが見にきたんだろう)


 だが、その後、ふと疑問に思った。


 サリエルは今、オレの心を読める。


 なら、わざわざラエルに様子を見に行かせなくても、心を読みさえすればいいはず。それなのに


(もしかして、読めない……とか?)


 そう思うと、オレは顎に手を当てて考え込んだ。


 魔法だって万能じゃない。


 どんな魔法にも発動条件というものがあって、制約というものがあったりする。


 例えば、心を読む魔法の場合、”相手の顔を見ていないと読めない”とか、”一日に何回までとか”?


 それに、魔法を使っている間は否応なしにも魔力を使うし、距離が離れればその分、使う魔力も大きくなる。


(なるほど! だから、ラエルに様子を見に行かせたのか!)


 オレは、大きく頷いた。


 サリエルみたいに忙しい天使が、わざわざこんな子供の罰のために、大事な魔力を使うとは考えにくい。


 近くにいた時は、あっさり読まれていたけど、天上界と人間界、これだけ距離が離れていて次元も違えば、いくらあのサリエルだって、読むに読めない可能性だって出てくる。


 実際に、前に心でうったえかけた時、全く返事がなかったし、もしかしたら心を読まれることに対しては、あまり気にしなくてもいいかもしれない。


(なーんだ。おどかしやがって……じゃぁ、ラエルさえ気をつけておけば問題ないよな。しかし、サリエルって、なんかうさんくさいっていうか……なに考えてるか全然わかんねーや)


 なんだか、心を読まれてないかもと思うと、急にグチりたくなってきた。

 

 だいたい、自分の心の声にまで気をつかうなんて、やってられない。


「ねぇ、クロ。人って死んだらどうなるの?」


 すると、うだうだと考え込んでいると、ベットに座って何かをしているコハクが、急に話かけてきた。


 その姿は、相変わらず穏やかなもので、死ぬ日は刻々と近づいているというのに、コハクは今日も変わらず笑ってる。


(死んだらどうなるか……か)


 その質問に、しばらくオレは口ごもる。


 まぁ、もうすぐ死ぬわけだし、死んだ後のことは、やっぱり気になるよな?


「死んだら、天国か地獄にいって、いつかまた生まれ変わるぞ」


「生まれ変わるって、人に?」


「いや、人間以外にも虫だったり動物だったり、”人間界に住む生き物”に生まれ変わる。何に生まれ変われるかは、現世の行いによって神様が決めるらしいけどな」


「へー。ねぇ、天使は消滅したら、人間に生まれ変わったりとかしないの?」


「いや、それはないな。もとから天使と人間は、住む世界が違う」


「世界?」


「あぁ、いいかこの世界は、大きく三つの世界に別れていて、コハクたちがいる『人間界』を中心に、神様のいる『天国』と閻魔大王がいる『地獄』の三つの世界がある。でも、オレたち天使がいるのは、そのどれでもなくて、天国と人間界の間にある『天上界』ってところ」


「天上界?」


「あぁ、『天上界にすむ天使』と、地獄と人間界の間にある『魔界すむ悪魔』は、主に人間の魂を天国と地獄に導く仕事をしていて、オレたちは、あくまでも、神様の仕事を手伝うために作られた生き物だから、神様に逆らっちゃいけないし、死んで生まれ変わっても、天上界か魔界にすむ生き物に生まれ変わるだけ。だから、天使が人間に生まれ変わることはないし、逆に人間が天使に生まれ変わることもねーよ」


「へー……」


 するとコハクは、手元を動かしながら返事をする。


「じゃぁ、天国にいっても、クロはいないんだ」


「あぁ、オレの仕事はコハクの魂を看取ることだからな。清い魂はそのまま天国に昇って、神様のもとにいくぞ」


「そう……じゃ、看取られちゃったら、そこでお別れなんだね」


 するとコハクは、ほんの少しだけ悲しそうな顔をした。


 だが、その間もコハクは手を休めることはせず、オレはさっきから動かしているコハクの手元をみて、首を傾げる。


「それより、コハク。お前、さっきから何やってるんだ?」


 見れば、ベッドの上に渡されたテーブルの上には、赤や青、黄色、オレンジなどの折り紙や、細長い長方形の紙やらが、何枚か広げられていて、コハクはそれを切ったり、折ったり、貼ったり……


「これ? 七夕飾りと短冊だよ。クロ知らない?」


「たんざく?」

 

「日本ではね、7月7日の七夕の日に、短冊に神様への願い事を書いて笹に飾る風習があるの」


 すると、コハクは短冊とよばれた細長い紙をオレの前にさしだしてきた。


 その物珍しい風習を聞いて、オレは窓からベッドの前に移ると、コハクが作った七夕飾りをまじまじと見つめた。


 見れば、貝や提灯みたいな飾りと、幾重にも輪っかが連なった、鮮やかな飾りとか、ひとつひとつ綺麗に丁寧に作っていた。


「……でも、7月7日って、お前の死ぬ日だろ。これから死ぬやつが神様に願い事なんて意味あんのか?」


「別に書くのは何でもいいんだよ。例えば、世界平和とか!」


「そりゃ、大層な願いだな」


「あはは。なーんて……世界平和なんて、いつも、なんとなく書いてるだけなんだよね。毎年書いてはいたけど、それで世界が平和になることはないし、 私がこんな所で一人ちっぽけに願ったって、叶うはずないんだよ」


「……」


 どこか、諦めたように呟いたそれは、いつものコハクの雰囲気と少し違う気がした。


「毎年、病気が治りますようにって書いてたけど、結局、治らなかったし、神様に自分の願いごとを叶えて貰ったことなんて、一度もないんじゃないかな?」


「当たり前だろ。全部の人間の願い叶えてたら、大変なことになるわ!」


「あ、そうだ! 短冊にお礼書いたら、サリエルさん見てくれるかな?」


「はぁ!? なんでアイツに!?」


「だって、クロがここに来てくれたのって、サリエルさんのおかげなんでしょ?」


「あんな毒舌ドS天使に、お礼なんて言う必要ねーよ。それなら、もっと自分のために願え!」


「自分のためねー。あ、クロも願っとけば、消滅しませんように……って」


「おい、笑い事じゃねーんだぞ」


「あはは。ねぇ、クロ、私からの質問には、全部、嘘をつかないで正直に答えてね?」


「はぁ? 当たり前だろ?」


 そう言って念押しするコハクに、オレは意味が分からず、首を傾げる。


 どのみちオレは今嘘をつけないし、全部、正直に答えるしかないのに……



 ガラ―――


「!?」


 すると、その瞬間、突然スライド式の扉が開かれた。


 驚いて、病室の入り口を見れば、そこには40代くらいの男性と、30代後半くらいの女の人がいて、ズカズカと中に入ってきた。



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