第16話 神様と天使
ラエルに連れられ、天上界に戻ると、クロはサリエルが仕事で使用する部屋に、真っ先に通された。
まるで大聖堂のように美しく幻想的なその空間は、大罪を犯そうとした者が通されるには、あまりにも場違いな空間だった。
天井近くまで敷きつめられた数千もの書物と、縦長のステンドグラスから差し込む色とりどりの柔らかな光。
そして、赤い絨毯が広がるその先には、机に向かいペンを走らせているサリエルの姿があった。
「サリエル様。クロを連れて参りました」
ラエルが一声をかければ、サリエルはぴたりと手先を止めて、クロを見つめた。
いつものように、柔らかく微笑むサリエル。だけど、その瞳は、まったく笑っていない。
「やぁ、クロ。呼び出された理由は、わかっているようですね」
心を読んだのか、はたまた、クロの神妙な面持ちのせいなのか。そう言ったサリエルは、椅子から立ち上がり、静かにクロの元へと歩み寄る。
長いローブをさらりと揺らす姿は、とても神々しい。
だけど、その表情はとても険しく、今にも心臓を握りつぶされてしまうのではないかと言うくらい威圧的だった。
「ご苦労様です、ラエル。しかし、まさか、こんなに早く実行に移すとは……」
サリエルは、クロとラエルの元まで来ると、その後、ラエルから、クロが藤崎に渡そうとしていたあの折り紙を受け取った。
そして、それを目にしたあと、サリエルは再び、クロをみつめる。
「命拾いしましたね、クロ。ラエルが止めていなかったら、いますぐにでも”消滅の儀”を執り行うところでした」
明るく抑揚のある声。
だけど、どこかチクチクと針を刺すような重苦しい言葉。クロは、それに反論する気持ちをぐっとおさえ、あくまでも、冷静に問いかける。
「お前、あれ、嘘だろ……っ」
「あれ?」
「オレの嘘は人を傷つけるって言ったよな!? だから、オレに嘘をつくなって罰を出して、コハクを看取りにいかせたんだろ! それなのに──」
言葉を詰まらせたクロは、唇を噛みしめ、更にきつくサリエルを睨みつけた。
サリエルはいった。クロがついてきた嘘の中には、人を殺せる嘘もあったと。
嘘は、人を傷つける。
だから、嘘をつかずに役目を果たせと
「それなのに……なんでだよ!! なんで嘘ついてないのに、コハクはあんなに辛そうなんだよッ」
泣いているコハクを思い出して、クロは目に涙をうかべだ。
生きていてほしい――
そういって、嘘いつわりなく伝えたはずの言葉は、なぜか、コハクを傷つけたように見えた。
素直に発した言葉で、泣かせた。
嘘をついていないのに、傷つけた。
「なんで……っ、なんで……オレは、嘘なんて……っ」
ただ、その場に立ち尽くしたまま、悲痛な思いを叫べば、それを見て、サリエルが言葉を放つ。
「君は、嘘をつかなければ、誰も傷つかないと思っていたのですか?」
「っ……!?」
まるで、哀れむように言ったその言葉は、全てを覆すかのような相反した言葉で、その後、クロの憤りは、みるみるうちに頂点に達していく。
「ッ──なんだよ、それ! 嘘をつかなくても傷つけるってことがわかってて、オレに二度と嘘つくななんつて言ったのかよ!?」
「クロ、落ち着け!」
噛みつかんばかりに身を乗り出し、サリエルに掴みかかろうとするクロをみて、ラエルが、慌ててクロの腕をつかんだ。
「立場を考えろ……! お前の行く末は、サリエル様にかかってるんだぞ!!」
「――ッ」
ラエルが、クロを無理やり静止する。すると、その行き場のない怒りは、グルグルとクロの中をさ迷う。
「くっそ……もうっ、分かんねーよ……嘘つかないほうがいいのか、ついた方がいいのか、全然……分かんねー……ッ」
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
嘘をついても、傷つけて
嘘をつかなくても、傷つける。
じゃぁ、どうすれば良かったんだ?
どうすれば、コハクを傷つけずにすんだんだ?
どうすれば―――
「あ、そうだ、サリエル! お前、天使の中でも偉い奴なんだろ! なら、お願いだ! お願いだから、コハクのこと助けてやってくれよ!」
「……」
「だって、こんなのおかしいだろ! なんであんないいヤツが、辛い思いしなきゃならないんだよ! 人間界には、死んだ方がいいやつなんて、他にも腐るほどいるだろ!! 神様は」
「クロ」
「ぅぐ……!」
瞬間、サリエルが、クロは喉元をおさえつけた。
首を圧迫されると同時に、どこか怒りをふくんだ声が耳に響くと、クロは無意識にその体を強張らせた。
「く……ッ」
「言葉を慎みなさい。死にたいのですか?」
感情任せに、神を侮辱しようとしたクロを、サリエルが、すんでのところで押さえ込んだ。
そして、しばらくして、その手が緩むと、呼吸が出来るようになったクロは、その場にドサッと座り込み、ゲホゲホと咳き込んだ。
「君は、何をしにあの娘のもとに行ったのですか?」
「ッ……」
すると、サリエルがこれでもかと、クロを睨みつける。
「君の仕事は、彼女を看取ることです。彼女が7日の夜、誰にも気づかれることなく一人で亡くなるのは、指令書にも書いてありましたよね。もし、それを無理やり捻じ曲げようというなら、それは神に逆らうことになりますよ」
「っ……だからって、黙ってみてろっていうのかよ!」
「それが君の仕事であり、
「……っ」
そのサリエルの言葉に、クロはきつく拳を握りしめた。
「おまえら……最低だ……ッ」
サリエルとラエルと睨みつけ、クロは信じられないとばかりに、苦渋の言葉を発した。
だが、クロだって理屈ではわかっていた。
自分だって、コハクを看取る――ただそれだけのために、あの場所に行ったのだから。
死ぬはずだった人間が、死なずに助かるのは、その先の未来を変えることになる。
誰かの未来が変われば、また、ほかの誰かに未来が変わってしまう。
そして、その未来を変えることは、それを決めた神様に逆らう行為。
”神のために生きる天使”にとってそれは、決してあってはならないことだった。
「クロ、君は、なぜあの娘が、あれほど怒り泣いたのか、わかりますか?」
「え?」
すると、サリエルが、クロの目線に腰を落とし、その瞳をまっすぐに見つめた。
「なんで……って」
「教えてあげましょう、あの子はね……ずっと、嘘をついていたんですよ」
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