十六踏 伯爵

 実地訓練から、数ヶ月が経とうとしていた。タイヤー達は、相変わらず学園では無敗を誇り、学園内だけではなくその噂は、首都レバティンにも広がりを見せる。


 しかしタイヤー達本人にその自覚は無く、特にタイヤー等は、自分のフィーチャースキル『麦』が、相変わらず動体視力しか強化されないことに思い悩んでいた。


 今日もエルに、そしてフローラに踏まれたが変化した様子はなく、どうしたものかとスカートから覗くエルの下着を見つめていた。


「なぁ、エル。下着は毎日替えた方がいいぞ。昨日と同じやつだろ。ピンクのフリルの付いた──ふがっ!」

「ば、ば、馬鹿言わないで!! 昨日とは違うやつよ!」


 鳩尾にエルの膝を受けたタイヤーは、闘技場の舞台上で白目を剥いて踞る。

周りは、最早恒例になりつつあるタイヤーとエルのじゃれ合いに誰も見向きもしない。


「エル! エル・ガーランドはいるか!」


 闘技場の扉を勢いよく開けたウッド先生が、慌てた様子でエルを呼ぶ。


「はい、何ですか先生?」

「急いで職員室に来なさい。お父様が来ている」


 エルの父親。すなわちガーランド伯爵。タイヤーとも浅からぬ関係のある人物。伯爵がわざわざ学園を訪ねるなど、いくら娘が通っているとはいえ、職員も困惑しており、ウッド先生自らがエルを呼びに来た。


 エルはウッド先生に連れられ職員室に入っていく。心配になったタイヤー達も、職員室前で待機していた。


 エルが職員室に入るなり、父親が老齢の学園長に詰め寄っているのが目に入る。


「お父様!? 何やっているの!」

「ええい、離せエル! 聞いたぞ、お前あの男の息子とチームを組んでいるのだろ! おい、学園長。今すぐ娘のチームをあの男の息子と別にしろ!」

「やめてよ、お父様!」


 エルには、父親が何を怒っているのか、すぐに理解した。タイヤー・フマレの事だと。今や学園外でもタイヤー達のチームの話題に上がる。

恐らくエルの父親、ガーランド伯爵もそれでタイヤーのチームにエルがいることを知ったのだろう。

タイヤーと伯爵は勿論面識がある。名前を聞けば一発であった。


 エルは必至に父親を止めた。


 こんな事で乗り込んできた父親が恥ずかしいのではなく、今やエルもタイヤーのことをリーダーとして認めており、それに伯爵の権威で文句を言っている父親が我慢ならなかった。


「や、め、てぇぇぇ!! お父様ぁぁぁ!!」


 父親の背中にしがみつくエルは、力の限りを振り絞り父親を地面から引っこ抜くと、そのまま後方へ勢い余って叩きつける。


 ジャーマンスープレックス。


 故意ではないが、勢いがつきすぎた為にガーランド伯爵は、先ほどのタイヤー同様白目を剥いて気を失う。


 伯爵が目を覚ましたのは、十分ほど経った頃であった。何事かとタイヤー達も職員室に入ってきており、タイヤーの顔を見た伯爵は、此処に来た本来の目的を思い出す。


「おい、学園長──」

「いい加減にして、お父様!!」


 学園長と伯爵の間に身を投じて立ち塞がるエルは、父親以上の剣幕で睨み付ける。


「エル、儂はお前の事を思ってだなぁ」

「だから、いい加減にしてと言っているの! お父様は何? タイヤーがタイヤーの父親と同一人物に見えているの! タイヤーは、タイヤーよ! 今のタイヤーを知らないお父様が、何を言うっていうの!?」

「エル、お前は!」


 思わず伯爵は手を振り上げる。エルは咄嗟に目を瞑るが、その手はエルには届かなかった。


「タイヤー……」


 伯爵の腕はタイヤーによって止められていた。伯爵はただの一般人。まだまだ若いとはいえ、『絶対、親父のようになるものか!(三十八回目)』と鍛えて来たタイヤーの手を振り払えない。


「離せ、貴様!」

「離しますよ、エルを、女性を泣かす俺の親父と同様の事をしている事に気づいてくれたのなら」


 伯爵はハッとしてエルを見るとその瞳には大粒の涙が。母親の死を知ったときも泣かなかった娘の涙を見て伯爵の腕の力は弛んだ。

それを感じとりタイヤーも伯爵の腕から手を離す。


「伯爵。タイヤー達のチームは優秀です。貴方もこの国の重鎮ならば、その意味が分かるはずです。ここは、そういう学園なのですから」


 ウッド先生に言われて伯爵は、それでも苦虫を噛み潰したような表情は変えず、「どけっ!」とタイヤーを突き飛ばして職員室を出ていく。


「タイヤー。悪いが俺はお前達のチームを崩すつもりはない。今後も伯爵から何か言われるかもしれないが、我慢してくれ。これも一人でも優秀な奴を送り出す、先生としての使命なんだ」

「大丈夫ですよ、俺は。ほら、エル立てるかい?」

「あ、ありがとうタイヤー。それに、父がご免なさい……」


 タイヤーは気にするなと黙って首を横に振る。これ以降伯爵が乗り込んで来ることはなく、一安心と思えたがエルの表情は、しばらく晴れなかった。

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