二踏 エル・ガーランド

 ただでさえ大都市であるレバティンの端と端にある学園と実家。

徒歩で向かうと一時間以上歩く羽目になったが、何とか遅刻せずに済む。


 立派な正門を、同じ年頃の少年少女が通り抜けていく。

その殆んどが同じ紺色のブレザーを着ている。

しかし、中にはポツポツと赤色と白色のブレザーを着ている者も見受けられた。


 赤色が一つ上の学年で、白色が最上級生だ。


 何事にも力を鍛えるのと知識は必要で、タイヤーも意気揚々と正門をくぐり、貼り出された名簿で自分のクラスを確認する。


「タイヤー……タイヤー……あ、あった」


 一年のAクラス。他に知り合いでも居ないかと同じクラスの名簿を眺めていると背中に衝撃が走る。


「げっ! あいつと一緒──ガハッ!!」


 不意に後ろから突き飛ばされたタイヤーは、前方に倒れそうになる。

目の前には、同じく貼り出された名簿を眺めていた男子生徒と女子生徒。

「ふんっ!」と力を込めて咄嗟に体を捻ったタイヤーは、何事かと振り返った女子生徒の方へともたれかかると、柔らかいモノが顔に触れた。


「きゃああああっ! 変態!」


 悲鳴と共にバシーンと乾いた音が辺りに響き、女の子は逃げて行く。

残されたタイヤーは、ずきずきと痛む左頬を押さえて勢いよく振り返った。


「誰だっ! 危ないだ──ろ?」

「ごめんなさい。こんなところに大木が立っていたから蹴り倒そうかと」

「誰が、うどの大木だっ! エルッ!」


 嫌な奴と同じクラスになったとタイヤーが斜に構えて睨むと、ふんっとそっぽを向く少女が燃えるような真っ赤な長い髪を手で掻き上げる。


 偉そうにくびれた腰に手を当てて凛と立つ姿には気品が感じられる。

タイヤーと同じ年齢でありながらスタイルも良く、服の上からはっきりと主張する豊かな胸。

ふてぶてしい態度とは裏腹に整った顔立ちが、タイヤーには却って腹が立たしく思えた。

横顔でも長い睫毛や、薄桃色の艶のある唇、そして何より髪と同じ真っ赤な瞳が輝き大人びた色香を醸し出す。


 何事かと通りすぎていく他の生徒が足を止め男女問わずにチラチラと振り返るくらいであった。


 タイヤーとは浅からぬ因縁を持つ彼女の名前は、エル・ガーランド。ガーランド伯爵家のご令嬢。


 八百屋の息子と伯爵令嬢。一見接点のない二人であったが、昔からよく遊んでいた。本来伯爵領にいるべきエルであったが、首都であるレバティンにも別宅は勿論あり、普段からそこに住んでいた。


 仕入先の八百屋の息子。エルからすればタイヤーとの出会いはそれだけであったが気が合い結構仲が良かった。しかし、五年前のあの日から態度が一変していた。


 五人の英雄の中には、ガーランド家の者もいた。


 だが、それはエルの父親であるガーランド家当主などではなく、母親の方。

彼女の母親も魔神によって命を落としたのだ。


 しかし、彼女も彼女の家も母親が英雄扱いされるのが気に入らないらしい。

そして、五年前のあの日からエルはタイヤーに対して、やたらと突っかかってくるようになった。


 黙って立っていれば美人なのに……は、タイヤー談である。


「ちょっと、ジロジロ見ないで。へんたい」

「はっ、なんだよ俺に目玉を取れってか」

「ああ……いいわね、それは。早速……」

「ば、バカ。冗談だよ、バーカ、バーカ」


 本気で目玉を取りそうな勢いのエルから逃げるように去っていった。



◇◇◇



 タイヤーは、馬鹿であった。


 逃げると言っても向かうは、自分の教室。そして、エルも同じクラスなのだ。

タイヤーはすぐにエルに見つかり、脇に頭を抱えられてしまう。

タイヤーの背は同学年の中でも高く、そうでもしなければエルではタイヤーの目に届きにくい。

香水などではなく女性特有の甘い香りがタイヤーの鼻腔をくすぐる。

細い腕と決して小さいと呼べない胸で顔を挟まれたタイヤーは、完全に気が緩み、すんなりと白魚のような細い二本の指で目玉を突かれて、教室の隅で悶絶していた。


「…………君は何をやっているのだね?」


 そう話しかける男性の声は、低く大人の男性なのだと、目は開かないものの理解できた。

教室にいる大人ということから、その声の持ち主が教師だと考えに至ったタイヤーは正直に訴える。


「目がくりぬかれました」

「そうか。それじゃ、早く席に着け」


 言語が違うのか会話が通じないようであった。普通なら心配するところだろうと、苦虫を噛んだような表情でタイヤーは、立ち上がる、

しかし、席に着きたくても、自分の席がうまく見えないタイヤーは、手探りで自分の席へ向かおうとすると「席は五列目の左だよ」と透き通った綺麗な声で誰かが教えてくれた。


 一つ、二つ、三つと、数えているが、足が何かに引っ掛かり倒れてしまう。

クスクスと辺りから笑い声がしたところから、もしかして誰かが足を引っ掛けたのかと悔しがる。

それでも負けてたまるかと、タイヤーは立ち上がり再び数え出す。

、四つ、五つと、に辿り着いた。


 タイヤーは左を向いて席に座るため椅子を手探りで探すが、その手に何かとてつもなく柔らかな感触が。

何だこれはと、もぞもぞと手を動かす。

とても柔らかく弾力性のあるものだとはタイヤーは理解した。


「い、いつまで触ってんのよ、このド変態がぁああああっ!」


 エルの声がタイヤーの耳に聞こえると同時に下顎が真上へ突き上げられ、身体は浮遊感を覚えた。


『絶対、女の子に迷惑かけちゃダメよ!』


 母親から言われた一言が耳の側で繰り返し聞こえ、タイヤーは「絶対親父のようになるものか!(三十一回目)」と心で思いながら、気を失うのであった。

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