国外逃亡編
二十二踏 ミユウ・セイレーン
首都レバティンを脱出した後、タイヤー達を乗せた馬車は、その速度を緩めることなく、乱雑に舗装された街道を突っ走る。
上半身裸のままだったタイヤーは、エルから受け取った学園の制服に着替えながら今後の予定を話し合う。
「エル。本当に伯爵領に向かうのか?」
「ええ。中央に執着している父に代わって領地を治めているのは私の兄だけど、話は先に使いを出して通してあるわ。兄なら絶対私の力になってくれる。何より、あの父がまさか自分の領地を通ってスエードに向かうなんて思っていないわ」
自信満々のエルの話を裏付けるようにタイヤーもフローラも強く頷く。二人は幼い頃からエルと親交があった為、エルの兄とも勿論面識がある。
そして、その二人がエルの言っていることは間違いないと太鼓判を押すのだった。
「んん……あれ、ここ何処」
街道を通り抜け伯爵領に入ると、目立たないよう人通りの多い大きな道は避けて整備されていない荒地を進み始めた時、揺れで目を覚ました鳥の獣人のミユウは、現状が把握出来ないまま、タイヤーやエルの顔を見ている。
タイヤーは、起きたばかりのボーッと頭の回っていないミユウに、何故ここに居るのか経緯を説明した。
「そ、それじゃアチキは知らない内に犯罪者になってるよ?」
タイヤーとエルは黙って頷くと、ミユウは頭を抱えて塞ぎ込む。
「うぅ……亡くなった両親に顔向け出来ないよ……」
やむを得なかったとはいえ、少し申し訳なさを感じるタイヤー。巻き込むような形になってしまったが、それでも我慢してもらわなければと、眉を
「ううぅぅぅ……よし、もう気にしないよ! アチキの頭、十秒以上悩めない仕様なのよ」
さっきまで複雑な表情だったミユウは、一変して晴れ渡る。
タイヤー達は、そんなミユウを見て内心──鳥頭──という言葉が思い浮かぶのであった。
「それより、ミユウ……でいいかしら? ミユウ、これを羽織ってちょうだい」
エルは荷物の中から、ミユウの身体より大きいローブを差し出す。
「えぇー、アチキ、そんなのいらないよ。大体飛ぶとき邪魔になるよ」
両腕が翼になっているミユウ。確かに首から下を覆うローブは邪魔であろう。しかし、エルもそこは譲らない。
「でもね、ミユウ。その、貴女の格好、目のやり場に困るのよ」
ミユウの全身は胸から太ももにかけて羽で覆われているが、それ以外は素肌のまま。特に胸はミユウの年頃にしては大きく下半分しか隠れていない。
「いらないよ。アチキ、全然平気よ」
ミユウは勢いよく立ち上がるが、その時ガクンと大きく馬車が揺れる。
「きゃっ!」
ミユウは小さな悲鳴を上げて倒れそうになる。腕が翼のミユウでは手で支える事が困難だと、咄嗟にタイヤーは助けようと手を差しのべると、とても柔らかい感触が伝わってくる。
エルからではタイヤーがミユウを支えたことしか見えなかったが、タイヤーの表情が、普段の
「いつまで、触っているのよ、このヘンタイ!」
エルの腕がタイヤーの喉を押さえる。
「待て待て待て! エル、偶々だ、偶々!」
必死に弁明するタイヤーだが、エルは聞く耳を持とうとしない。それどころか、徐々にタイヤーを荷台の端へと押し込む。
「どうして……どうして、ミユウといいフローラといい!! 私だって大きい方なのに、ミユウとフローラがいるからどうしても小さく見えちゃうじゃない!!」
エルの怒りの論点は大きくズレていたが、タイヤーは直ぐ様フォローをすることに。
「エル、よく聞け!!」
タイヤーの叫び声がようやくエルの耳に届き、少し力が緩んだ。
「筋肉があると、脂肪は付きづらいらしいぞ!」
エルの燃えるような真っ赤な髪が、ゆらりと逆立つ。目眉はつり上がり、普段は隠れていた八重歯が牙のように見え出す。
「それは、私が怪力ってことかぁぁぁ!」
「おおお、落ちる、エル落ちるって!」
怒髪天をつくを体現したエルはタイヤーを土俵際ならぬ、荷台際に追い詰め喉輪でタイヤーの上半身を荷台の外へ押し出す。
「エルちゃん、大きいなんて良いこと全然ないよ!」
「私は小さくないっ!!」
フローラのフォローがエルの怒りに油を注ぎ、その顔はますます険しくなり、鬼か般若のよう。
「アチキは別に気にしていないよ」
「それは、勝者の余裕かぁぁぁ!!」
「ぐわぁぁぁぁっ、お前らちょっと黙れ! リック何とかしてくれ」
フローラもミユウも頼りにならない。残すはリックのみ。同じ男性のリックなら何とかしてくれると信じ縄を託す。
「ちょっと馬車の操作で忙しい」
縄はどうやら短すぎたようでリックに届かず、タイヤーは荷台の端でエビ反りの状態になりながら必死に許しを乞い続けた。
◇◇◇
半泣きのタイヤーが許して貰うと、ミユウも渋々ながらローブを羽織り一段落つく。涙目のタイヤー、未だに完全には怒りが鎮まらないエル、ローブが邪魔なのか、しきりに翼を動かす音がうるさいミユウ。
カオスの荷台の中で、フローラは関わらないようにリックと会話するしかやることがなかった。
「リックって、馬車の運転上手なのね」
フローラはリックの運転を褒め称える。自身も馬車を動かすのは、慣れていたが、そんなフローラでさえ感心するほど。
フローラ達の会話を聞いていた伯爵令嬢のエルも馬車の運転などしたことない為に、リックには感心していた。
「へへ。まぁ、任せてくれよ。それじゃ、ちょっと飛ばすぜ」
少し照れたリックは馬に鞭を入れ、進む速度を早めたのであった。
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