二十三踏 伯爵領

「いててて……」

「あー。みんな、すまない。調子乗った……」

「今、フローラが褒めたばっかりだよな! 舌の根が乾く暇すら無かったわ!!」


 タイヤーはひっくり返ってしまった荷台を蹴り飛ばす。

フローラが褒めてから五分も経過していないのだから、タイヤーの行動も理解出来た。

馬は幸いと言うべきか無事である。


「どうする? このままじゃ追っ手が来たらすぐに追い付かれるぞ」


 荷台の車輪軸がポッキリと折れてしまい、ここでは修理のしようがなかった。

最初の目的地である伯爵領には入ったのだが、スエードとの境界線までは、まだまだ遠い。


「私が馬でひとっ走りして兄に頼み他の馬車を用意してもらうわ。それまでタイヤー達は、隠れていて」

「エル一人でか? 馬車を運転出来る人が必要だろう。フローラ」

「リックくんほどじゃないけど」


 幸い馬一頭でも、二人乗せられる。

早速、と馬に跨がるエルは早まるが、まだ問題は残っているといた。


 タイヤー達は、近くの雑木林に身を潜めるが、万一追っ手が来た時、雑木林から逃げなくてはならない。その際に戻って来た何も知らないエル達が、今度は危なくなるのだ。


「じゃあアチキが、空から連絡するよ」


 ミユウの提案もタイヤーは考えた、が、どうしても空を人型が飛んでいれば不自然。それに向こうもミユウのことは知っているだろう。近くにタイヤー達が居るのを教えているようなものだ。


「問題ないよ。変化!」


 ミユウは、なんと人から鳥の姿へと変貌する。赤茶けた色をした羽に鋭い鉤爪で、結構大型の鳥。


「アチキは鷹の獣人なのよ。これくらい朝飯前なのよ」


 そう言うと大きく翼を広げて大空へ舞い上がる。


 ピーヒョロロロ~


「鷹? トンビじゃないのか?」


 鳴き声を聞いた全員がタイヤーに同意して頷く。鷹など、滅多に見かけない為に真偽はついていなかったが、トンビならば割りと郊外に出れば見かける。

大空を一回りして戻ってきたミユウに、タイヤーは、万一に備えて言葉を選んで尋ねる。


「ミユウ。もしかして、もしかしてだ。両親とチョーっと違うなぁ、とか思ったことないか?」

「両親もアチキと一緒よ。アチキと一緒の鷹よ」


 鳥の姿のままミユウが首を傾げる仕草を見せる。ミユウの言うことが正しいならば、恐らく両親自身もトンビなのでは……タイヤー達は目尻に涙を浮かべ、それ以上追求出来なかった。

鷹と思い込んだトンビ。似たような悲劇的な物語を昔読んだなとタイヤー達は、思い出していた。


 ピーヒョロロロ~


 何のことかサッパリのミユウは、再び空へと舞い上がっていくのであった。



◇◇◇



 馬を飛ばして実家に向かうエルとフローラ。なるべく人目がつかないようにフードを目深に被り、人通りの少ない場所を選ぶ。

自分の領地であるエルにとっては、容易いことだった。


「見えた!」


 街のように区画整備されている訳ではなく、家々が点在する中、一際大きく豪華な建物。建物の周りには塀は設置されているが、高さは一般的な人の背の高さしかないことが、この辺りの治安が良い事を示していた。


 ガーランド伯爵の手腕ではない。


 伯爵に代わって取り仕切っているエルの兄ラルフのお陰であった。

ただ、若くして敏腕を振るうが彼には一つ欠点が。


 それは、極度のシスコン。妹大好きである。


 と言ってもエルの幸せを願っていない訳じゃなく、極度に心配症なのだ。

特に母親を亡くしてからは、それが顕著であった。


 建物の前には一台の馬車が既に止まっている。

そこには年老いた使用人と、兄に連絡を取るために送った使者が並んで馬車の横に立っていた。


「どうしたの、こんなところで!?」

「お久しぶりで御座います、お嬢様。いえ、お兄様が国を出るなら馬車が必要だろうと用意して、お待ちしておりました」


 元々タイヤーの脱出計画は穴だらけで、リックが機転を利かせて馬車を用意したのだが、元々は徒歩でここまで来てから、馬車で向かう予定であった。


 不幸中の幸い。偶然であったが話が早くて済む。


「そう。助かったわ。それでお兄様は?」

「お会いになれば、お嬢様にアレコレとしようとするので、お時間を取らせまいと、使用人一同で蔵に閉じ込めております」


 兄が優秀なら使用人も優秀であった。


 フローラが御者台に乗りエルを急かせる。

エルは自分の領地を見渡していた。しばらくは、戻って来れないだろう景色を目に焼き付けるために。

農業中心であるが、誰一人嫌な顔をせずに重労働のはずの農作業に勤しんでいる領民の姿。

収穫時期ということもあり、黄金色に広がる麦畑。


 満足したエルは扉を開いて馬車に乗り込んだ。さっきまで乗っていた旅で使用する荷台に屋根を付け足したような馬車ではなく、人が乗る為のコーチには豪華な装飾が施されていた。


 ここまで乗ってきた馬を使用人に預けて、フローラが手綱を動かし二頭立ての馬車は、ゆっくりそして徐々に速度を上げていった。


 馬車をひっくり返した場所へ戻ってきたエルとフローラは、タイヤー達と無事に合流すると、フローラと御者をリックが交代する。


「凄い馬車だな。いいのか、エル?」

「構わないわよ。私のだもの」


 コーチの中に乗り込んだタイヤーは、フカフカの椅子に腰を降ろすが何処か落ち着かない。

ミユウとフローラも、彫り物や宝石などの装飾にキョロキョロとしきりに首を動かしていた。


「リック、今度は丁寧に頼むぞ」


 御者台と通じる窓からリックに声をかけるが、顔がひきつったままリックは「ま、任しちょけ。俺っちも弁償したくないしにゃ」と声がうわずる。


 そしてタイヤー達を乗せた馬車は進んでいく。街道を避けた為、少し時間が掛かったがスエードとの境界線の印である石橋に辿り着く。

石橋の前には伯爵家の兵士が見張りが二人立っていた。


 追われているが伯爵領の兵士達は、皆タイヤー達の味方であった。

エルは窓を開き、中から兵士に「お兄様に、感謝していますと伝えてくださいね」と伝えると見張りの兵士達は、一斉に敬礼する。


 馬車は石橋を半ばまで進むと止まる。

つまり、ここより先はスエードの領内となりレバティン王国は手を出せない。


「行こうか」


 少し物憂げなエル達にタイヤーは声をかけると「うん……」と返事を返す。

リックは、黙って手綱を動かして馬車を進めるのだった。

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