二十四踏 ウラド王妃

 追っ手が来ていると思い込んでいたタイヤー達が、伯爵領で馬車をひっくり返していた頃。

実際はいまだにレバティン王国の城の中で、タイヤー達を追うべきだと、国王であるランドル三世に、訴えている最中で、肯定している重臣達は息巻いていた。


「是非、我に兵を与えてくだされ父上。我には有力な情報を手にしております。すぐにでも捕らえて参りましょう」と、息荒く訴える白髪で長い顎髭を蓄えた老人、ランドル三世の子息ベルモード・ランドル。リックの実父である。


 彼は、次期国王の最有力候補ではあるが反対派も多く、何より実績が乏しい。

決定的なのは女好きで、あちこちに子供がいることも反対される要因であった。


「タイヤー・フマレは、魔人族との関連性を認めたのですぞ。しかも国内に招き入れた上、卒業試験で逃げ出し仲間を見捨てたのです。その亡くなった者の中には、重臣のご子息までおられたとか……。由々しき事態。すぐに追っ手を!」と、ベルモードの隣で同じく声を大にして虚偽を交えながら訴えるのは、ガーランド伯爵。


 他にもベルモード派の重臣が、次々と訴えかける。

反対派も負けじとベルモード達に反論するが、問題はタイヤーが、たかだか八百屋の息子で、かつ一学生であるが故に、擁護する材料が乏しく決め手に欠けていた。

唯一擁護要素は、タイヤーが魔神を撃退した英雄の息子というだけ。


 ベルモードやガーランドに「息子は息子だ」と一蹴されてしまう。エルが聞けば「お前が言うな!」と怒りそうである。


 他の中立派の重臣は日和見を決めて黙り込んでいた。


 頭を抱えるランドル三世。只でさえ八十を越える高齢で最近体調が優れない。玉座に腰を降ろしているが、ベルモード達の熱気に当てられ頭がズキズキと痛む。


「いい加減にしなさい!!」


 そんなランドル三世の隣に現れた白髪の女性。かなりの高齢でありながら、背筋は伸び、気品漂うこの女性は、ランドル国王の妻、つまりレバティン王国の正王妃ウラドである。


「母上、ここは政治の場。女性が出てきて良い場所じゃ──」

「黙りなさい!! ベルモード!」


 ウラド王妃はベルモードを一喝する。


 ウラドとベルモードには血縁関係が無い。それが却ってベルモードが焦らせる理由であった。

ベルモードの実母である前の王妃は、ベルモードを産んですぐに亡くなった為にウラドに託され育てられた経緯がある。


 このままだと養母である王妃に権力を奪われると、ベルモードは考えていた。


「ガーランド伯爵! 貴方は、その子の仲間に自分の娘エルが居るのを知っていて訴えているのですか!?」

「王妃様。お言葉を返すようですが、たとえ娘と言えど犯罪者を逃がすなど……娘とは言え重臣が庇ったとあっては、国民に示しがつきません!」

「貴方は……! ユイに、ユイに申し訳ないと思わないのですか!!」

「王妃様。その名前は出さないで頂きたい。伯爵の名に泥を塗った女です。所詮エルも同じなのですよ」

「あ、貴方という人は! 自分の娘を……!」


 頭に血が登り眩暈を起こし足元がふらつくウラド王妃。

自分や隣にいるランドル三世の後を担う者達が、自らの事しか考えないような者ばかりなのかと、国を憂う。

せめて自分の命がある限りはと、なんとか奮い立つ。


「兎に角! 賛成が過半数越えていない限り、兵士を動かすことはなりません! この一件は、わたくしが預かります。以上、解散です!」


 強引にこの場を収めたウラド王妃は、ランドル国王を兵士に抱えさせ自分も寄り添い退席する。

ベルモードもガーランドも不満を露にしながらも、渋々立ち去っていった。


「ガーランド。私兵、どれくらい動かせる?」

「多くて百ほどです。」

「よし、我の情報だとに逃げたらしい。すぐに派遣してくれ。それと、我の息子も同行しているはずだ。すまぬが一緒に始末しておいてくれ」


「はっ!」とガーランドは敬礼しベルモードを置いて足早に去っていく。


 まんまとリックの情報を鵜呑みにしていたベルモードであった。



◇◇◇



 自室に戻ってきたウラド王妃は、揺り椅子に腰を降ろすと手元にある棚から、シルバーのペンダントを取り出して眺める。


「ユイ……」


 ウラド王妃とエルの母親ユイとは、年は離れても不思議と気があった。王妃と一伯爵夫人ではあるが、二人でお茶を飲むこともしばしば。

ウラドはユイを実の娘のように思い、ユイもウラドを実の母親のように慕っており、このペンダントは、ウラドの誕生日にユイから貰ったものであった。


 魔神との決戦を決意した翌日。ユイはウラド王妃と会い、エルを、残された子供達を頼むとお願いし、ウラド王妃も必ず守ると約束をした。


「ごめんなさい……ごめんなさい、ユイ。わたくしでは、どれだけ貴方の娘を守れるか……せめて、この命尽きるまでは……」


 ハラハラと涙を流して、ウラド王妃はシルバーのペンダントに向かって、ユイに何度も詫びるのであった。

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