二十五踏 スエード
スエードへの境界である石橋を越えたタイヤー達。
「俺っちはスエードに来るのは初めてだな。確か三つの国が一つに合併したんだっけか」
「リック、違うわよ。合併していないわ、三つの種族がそれぞれ北スエード、東スエード、西スエードに住み分けてるだけよ。レバティン王国との摩擦もあって互いに手を取り合っているのよ」
エルは御者台に通じる窓に向かってリックの独り言に指摘を入れる。
「あー、そうだったかも。今向かっている東スエードの種族は魔族だっけ? 俺っち魔族はまだ見たことねぇな」
「そうね、かなり見た目にインパクトがあるわ。まず、角が生えているわね。一本か、二本。それが成長していけば捻り曲がっていくのよ。あと、魔族で最大の特徴は目かしら? うーん、なんて言えばいいのかしら?」
「俺も魔族を見たことあるからわかるけど、俺達みたいに瞳に白目が無いんだ。単一色。赤だったり、緑だったり──」
エルの隣に座っていたタイヤーは突然顔面を鷲掴みにされ、締め付けられる。
「そうね、タイヤー。私も思い出したわ。あなたが
「いででででででっ! エル、昔の話だろ、それ!」
タイヤーがそんな状態とは、御者台にいるリックは気づいていない。
フローラとミユウも魔族の姿を想像するのに夢中で、止める者は誰も居なかった。
「なるほどなぁ。確かにそれは強烈なインパクトだ。魔人族とは本当に違うんだな」
魔族と魔人族。この二つは、そもそも全く違う種族である。昔、見た目のインパクトから魔人族と一緒にされて魔族と呼ばれた名残に過ぎない。
そんな不名誉な呼び名であっても、魔族は気にせず自ら魔族と名乗るほど温厚であった。
「おっ、あの村か、エル?」
エルはコーチの窓から顔を出して確認すると「間違いないわ」と馬車の風切り音に負けない声でリックに伝えた。
非常に小さい村。家が十数軒あるだけ。
この東スエードは、レバティン王国が侵攻してきたら真っ先に戦場と化す。
その為、魔族は少数規模で逃げ出せるように東スエード全土に村が点在していた。
「どうする、タイヤー? すぐに私の知人宅に行く? それとも宿を取る? 多分泊めてくれるとは思うけど。リーダーの貴方が決めなさい」
「そうだな。まずは、俺の顔から手を離せ」
リーダーとして命令するタイヤーであったが、エルは「まだ、駄目よ」と一蹴する。「リーダーとして決めたのに」そう、心のなかだけで思うタイヤーであった。
◇◇◇
村に入ると、豪華な馬車は人々の目を引くのに充分であった。わらわらと集まってくる魔族達。
物珍しそうに見ている魔族の目は、確かにタイヤーの言うように白目が無く赤、黄、緑、青と様々である。
白目が無いため視線の方向が不明で馬車を見ているのか自分達を見ているのかが、わからない。
「なんで、アチキ達を見ているですよ?」
「いや、単に馬車を見ているんだろうな。よく見るとわかるが、顔を馬車に向けているだろう?」
「いや、微妙でわからないよ」
窓の下からひょっこり目から上だけを出してミユウは、ジーっと魔族を観察するが言われて見れば馬車を見ているような気もしない。
集まった魔族達が、割れるように道を開けると、周りに比べて一段と背の低い魔族の少女が、姿を現した。
「ニーナ!」
「やっぱり、エルお姉様」
エルはコーチの扉を開いて外へ出るとニーナと呼んだ少女と抱き合う。
赤い目を細めることで喜びを表すニーナ。魔族は、視線先がわからない分、表情の変化や顔の動きが激しい。
左を見る時は、顔ごと左を向いたりする。
「お姉様。今日はどうなさいましたの?」
「うん。ちょっと……ね」
「良ければウチにいらしてくださいな。皆様もどうぞ」
まだ年端のいかぬ少女は、馬車を先導するかのように先を歩き出す。
歩く度にピョンピョンと跳ね動く、無垢な少女を表現しているかのような桜色の髪で作ったおだんご。
そのおだんごからは一捻りした角が二本出ており、何処か非現実的であった。
村の中において一回り大きな屋敷に案内されたタイヤー達は、馬車を降りるとそこには十歳くらいのニーナと同年代くらいの少年が立っていた。
緑色の瞳の少年は、モジモジとしながら小声で「馬車を預かります」と言う。
手綱を少年に譲ると、リックも御者台から降り、少年は手綱を器用に動かして馬車を移動させる。
タイヤーは、その少年の動きをずっと目で追う。気になったのは、少年も魔族なのだろうが、もうひとつの特徴である角が無かったから。
「さぁ、皆様こちらへ」
ニーナに案内されてついて行く。綺麗に剪定された庭、それなりの大きな屋敷。にも関わらず、タイヤー達が入っていくと人の気配がしない。
「ニーナ。今日、お父様はお出かけかしら?」
エルの問いに振り向いたニーナは「皆様、ニーナのお家へようこそお出でくださりました。当家の主、ニーナ・パッカードです」と挨拶してニッコリと微笑む。
「主? ニーナ、お父様は、それじゃあ……」
「半年ほど前に、突然病気で……」
全てを察してショックを受けたエルは「どうして教えてくれなかったのよ!?」と強くニーナを抱きしめてあげる。
ニーナも我慢していたのか、赤い瞳が潤みポロポロと頬を小さな涙粒が落ちていく。
「エルお姉様ぁ! ニーナ……ニーナは!」
二人で抱き合い泣き止むまで、タイヤー達は二人をそっと見守るのであった
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