異性に踏まれる程に強くなるから、俺を踏んでくれないか?~スキル《麦》で成り上がれ
怪じーん
1章 学園編
一踏 タイヤー・フマレ
踏まれる程に強くなる──そういう言葉を聞いたことはないだろうか?
麦踏みという麦作における手入れの一つで踏んで根張りを強くするために実際に行われる。
個人の特徴を能力としたフィーチャースキル──その内の一つ《麦》
《麦》の能力は『踏まれる程に強くなる』
これだけで良かった。
その一文の前についた『異性に』という一言が余計だった。
彼の進む先は、英雄と呼ばれる道なのか、はたまた──変態と呼ばれる道なのか。
◇◇◇
グランドバーンという大陸にある一国、レバティン王国。
非常に緑豊かな土地で、温暖な気候、年中何かしらの花が咲いており、農作物も豊かで、その中には勿論、麦もある。
しかし、今から五年前──レバティン王国にとって国家を揺るがす危機が訪れた。
一人の魔神がレバティン王国の遥か南方にあるコバー平原という場所に降り立ったのだ。農作物豊かな畑で営む村や街があるコバー平原に。
過去の伝承に残る四大魔神の一人、“光を奪うもの”魔神ザハート。
圧倒的な魔神の力の前に、コバー平原付近の村や街は一粒の塵と化す。
いずれ首都にも魔神はやってくる。多くの人々は絶望し天に祈るしか残されていなかった。
たった五人の英雄の命を以て魔神は消え去り危機は回避されるまで──。
しかし、その犠牲は凄まじく、コバー平原周辺などは五年経過した今でも、命の息吹きを感じられなくなってしまっていた。
◇◇◇
五人の英雄の中には、タイヤー・フマレという少年の父親も含まれていた。
しかし、彼は父親に憧れなどは抱いていないし、誇ってなどいない。
理由は亡くなる一年程前から家に帰って来ず、母親に聞けば「女の人のところにいる」と言われて、むしろ軽蔑すらしていた。
「絶対親父のようになるものか!」と心に誓ったタイヤーは、たとえ英雄となれずとも、家族を友人を一人でも多く守れるように、女性に
彼の鍛練は苛烈を極めた。
春先に吹く一瞬の突風と共に「きゃあっ!」と黄色い悲鳴が上がる。
「ピンク! 白! ドラゴンの金の刺繍!?」
動体視力を鍛える為に、風で舞う女性のスカートから覗く下着を一瞬たりとも見逃さない。
彼氏にフラれた女性がいると聞くと、どんな場所でも直ぐに向かう。
「君みたいな綺麗な女性を捨てるなんて、なんて酷い男がいるんだ」と、いきなり現れて手を握る。
当然、相手の女性はタイヤーを知らない。
「余計なお世話よ!!」と至極当然の台詞を吐く女性が繰り出す平手打ちを、サッと躱し、反射神経を鍛えた。
美しい女性がいると噂されれば、山一つを駆け抜け会いに行き、汗だくと荒い息遣いで女性の前に現れる。
いくら少年であっても、はぁはぁと呼吸が荒く汗だくの男が目の前に現れれば、怖くて逃げ出してしまう。
「ふぅ……帰るか」
一目会うと彼は再び帰宅して、身体能力を鍛えた。
夜の繁華街に出歩けば、いかにもな妖艶な女性に誘われて、ホイホイついて行く。
「ああん? 金がねぇだぁ? おら、ちょっとそこでピョンピョンしてみな!」
強面の男が古典的な脅しをしてくる。
素直にその場で跳ねると、然り気無く少しずつ距離を取り、隙を見て踵を返して逃げ出す。
こうして騙されても泣かない精神力を鍛えてきた。
その度にタイヤーは「絶対親父のようになるものか!(二十九回目)」と心に誓いながらも、その都度母親からは「お前は言動が伴っていない!!」と説教と共に拳骨が脳天に突き刺さっていた。
◇◇◇
タイヤー・フマレは、十六歳になり本日から王立ランドル学園に入学する。
王立ランドル学園は、五年前を教訓に新たな英雄を育成するべく近年出来たばかりの学校だ。
魔神の復活の阻止と魔神ザハートがこの国に降り立った原因を探るのが主な目的で設立され、既に多くの卒業生が各地へと旅立っていた。
タイヤーは、表向きは家族を守れる力を欲しているからとの理由で入学を決めていたのだが、本人に自覚は無いが、その内心は父親の姿を追っていた。
何故、父親なんかが魔神に立ち向かっていけたのかを知りたくて──。
学園は国の名前を持つ、首都レバティンにある。
タイヤーの実家もここ首都に店を構えており、一般的な八百屋を父親に代わり母親が一人で切り盛りして、ここまで育ててくれた。
タイヤーの父親は、ただの八百屋の親父だったのだ。
今の家族は、母親と妹ルカの三人暮らし。
母親や妹を守る為にも立派な人間になると、心から誓っていた。
女性を泣かせるような男にはならないと。
「タイヤー! 絶対、女の子に迷惑かけちゃ駄目よ!」
「大丈夫だよ、母さん。絶対、俺は父親のようになるものか!(三十回目)」
「あんたは、普段から言葉と行動が伴ってないんだよ!」
昔はスマートで美人だったと自分で言っていた母親は、今はもう見る影もなく、重い野菜を毎日持ち続けた結果、恰幅のよい肝っ玉母さんに変貌していた。
「本当に大丈夫だよ、母さん……」
タイヤーは真剣な眼差しで母親を見つめて、頬に手をあてる。
細く、くっきりとした眉に鋭く切れ長の目、少年から青年へと至る途中でありながら、抜き身の刀のように危険と逞しさを兼ね備えた雰囲気を醸し出す。
「やめな! あんた、顔だけは父親に似て妙に良いのだから、真面目な表情で近づくんじゃないよ、全く!」
タイヤーは母親に手を
「兄さん、いってらっしゃい」
店頭の奥から顔をひょっこり出して、ルカが見送ってくれる。タイヤーとは違い母親似のルカは、さらっと艶のあるストレートの金髪で、黒髪のタイヤーとは大違い。柔らかな日差しのような雰囲気の愛らしさを持っていた。
「ルカ。行ってくるよ」
そう言いルカに近づこうと一歩足を出したタイヤーを見て、恥ずかしいのか直ぐに家の中へと引っ込んでしまった。
最近ルカはタイヤーに全く近寄って来ない。
タイヤーは、やはり年頃だからだろうかと思っていた
「ほら、初日から遅刻するよ! 行ってきな!」
背中をバンと叩かれて、タイヤーは口を尖らせ渋々と学校へと向かう。
同じ首都内にある王立ランドル学園だが、全寮制であり、しばらくは実家に帰れないが、それはそれで少し楽しみでもあった。
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