九踏 チンピラ
「ごめんなさい、タイヤー……」
珍しいことにエルがタイヤーに頭を下げた。
タイヤーの顔にはくっきりと指と爪の跡が五箇所残り、少し血が出ていた。
「いいよ、もう……それに、エルに嫌われているのは自覚しているさ。こうして一緒のチームになってくれただけでも嬉しいよ」
スキルが父親と同じでも、異性に踏まれるという変態じみたものでも、昔みたいに普通に話をしてくれる。
タイヤーにとっては懐かしさすら感じていた。
「はっ? 何言ってるのよ、タイヤー。私、別に嫌ってないわよ?」
「いやいや、いいって気を遣わなくても。五年前のあの日から親父の事で俺を嫌いになったのは分かっているさ。俺も親父は嫌いだからな」
「だから、何を言ってるのよ。確かにタイヤーのお父様の事は、私も嫌いよ。だけど、タイヤーはタイヤー、お父様はお父様でしょ? 何で一緒に嫌う必要があるのよ?」
タイヤーは、頭の中で五年前のあの日からのエルを思い返していた。
嫌われていると思ったきっかけは、エルにあの日以来最初に遊びに誘った時。
今までは、二つ返事で遊びに行ったのに、この日は二つ返事で断られた。
そして度々、街で遭遇する度にちょっかいをかけられる。
特に「絶対、親父のようになるものか!(十一回目)」と己を鍛え始めた辺りから。
度々、鍛練中に何処からか現れては邪魔をする。
一番タイヤーに印象に残っているのは、美しい女性がいると聞き、山を一つ越えた隣国まで行った時である。
もちろん、女性には相手にされずにフラレるも、帰ろうとした時後ろに蔑むような目をしたエルが何故かいた。
「だったら、どうして……」、鍛練の邪魔をするんだと言いかけた、その時。
急に会話を割って入るようにテーブルをバンッと叩く音がした。
気づけばタイヤー達のテーブルは、四人の男子生徒に囲まれていた。
タイヤー達とは色違いの赤色のブレザーを着た四人。一つ上の先輩であるが、見た目も態度も雰囲気すら柄が悪い。
「お話し中悪ぃな、邪魔するぜ。なぁ、君たち可愛いな。俺達ともお話ししようぜ」
喋りまで柄が悪かった。
会話に割って入ってきた男子生徒は、そのまま視線を、舐めるようにエルの体を見て回り、半開きの口でニヤニヤと笑っている。
相手にしないようにエルは無視し続けるが、その男子生徒はしつこく話し掛けてきて、鬱陶しいことこの上ない。
残りの男子生徒は、エルではなくフローラに絡み始める。
中には「胸、大きいねぇ」と、品の無い言葉を投げかける者もおり、遂にはエルの肩に腕を回し顔を近づける。
タイヤーとリックは我慢ならなくなり、互いに目配せをして確認した後、止めようと立ち上がったが、それに呼応するかのように、まずはフローラに絡んでいた男子生徒が隣のテーブルまで吹き飛ばされた。
「あーあ、フローラを怒らせたわね。止められないわよ」
フローラはゆらりと立ち上がる。
既にいつものホンワカとした女神のような雰囲気は無くなっており、静かだが確実に怒っていることが、その場にいた全員が読み取った。
少し垂れた目にあるコバルトブルーの瞳は、高温の炎のように揺らめき光る。
あっという間に残りの三人の鼻を拳で殴り付け吹き飛ばしたフローラは、エルに絡んでいた男子生徒の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
その細腕に、一体何処にそんな力があるのかと思うほど、軽々と。
流石にこれ以上は不味いと思ったタイヤーとリックは、止めに入ったがリックはあっさりと振り払われてしまう。
残ったタイヤーは、フローラの後ろから腕ごと抱きしめた。
体格差のあるタイヤーをものともしないフローラの力に、タイヤーは必死で抑え込む。一瞬でも気を抜けば、容易に外されそうであった。
「フローラ!! 落ち着け! もう、いい。もう、いいんだ!」
フローラの耳元で呼び続けるタイヤー。何度か呼び掛けた後、フローラの腕は力無くダランと下がるのを見て安堵した。
「フローラ……?」
「あ、わ、わたし……た、タイヤーくん」
我に返ったフローラと、後ろから抱きしめるタイヤー。気づけば互いの顔がすぐ側にあり極端に密着している。だんだんと二人の顔は赤く染まる。
「いつまで、くっついているのかしら?」と背後からエルに言われて、二人は慌てて離れた。
結局、リーダーとしてタイヤーは、この後、担任のウッド先生に呼び出され説教されたが、他の多くの生徒の証言もありお咎め無しとなった。
しかし、この事は後に、タイヤー達に災いを呼び寄せることになるとは、まだ誰も気づいていなかった。
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