五踏 麦と父親

 着席出来た後も背後から強烈な視線が突き刺さってくる。

今ほどエルの前の席であることに、頭を抱えるタイヤー。

そんなタイヤーを放置して若い男性教師は、今後の予定を話す。


「よし、昨日言ったように今日はフィーチャースキルの検査をやるぞ。皆はそのまま鑑定室に固まって移動するように」


 教壇に片手をついてもたれかかり、やる気が無さげな若い男性教師の話にいまいちピンと来ないタイヤー。

何せ昨日はずっと保健室におり誰も説明してくれず、昨夜もリックからは他愛のない話ばかりで聞いていなかった。


「じゃあ、フローラくん。君の列から進んでくれ」

「はい」


 教室の窓際の端の列の先頭に座っていたフローラが立ち上がると、鑑定室なる場所へ移動を始める。

その時、フローラと目が合い軽く微笑んで小さく手を振ってくる為、同じように小さく手を振り返す。

その瞬間、ガンッと物凄い音ともに椅子に衝撃が走り、お尻が軽く浮き上がった。


「全く……フローラの千分の一でも優しさとか思いやりとか分けてもらえ」と、心の中で思ったつもりであったタイヤーだが、ついポロッと声に出してしまい、早くもお尻に本日二度目の衝撃が走るのであった。



◇◇◇



 自分の席の列の番になり立ち上がり鑑定室なる場所に向かう中、背後に感じる禍々しいオーラと共にお尻には執拗にエルの膝蹴りによる衝撃が走るが、鑑定室前に着く頃にはタイヤーは平然として慣れてきていた。


「おい、エル」

「なによ!」


 話しかけただけで喧嘩腰に睨んでくる。タイヤー自身には喧嘩するつもりは全くなかったが、それでも、エルに質問を続けた。


「フィーチャースキルって……なんだ?」

「はぁ!? あんた、そんなことも知らないわけ? フィーチャースキルってのは、その人の特徴をスキル化したものでしょうが!」

「うっかり忘れただけだ」

「それを総じて馬鹿っていうのよ」


 馬鹿と言われてもそうそうタイヤーの精神力は揺るがない。自分が馬鹿だということは、たった二日の学園生活で自覚していた。


 エルに関わった自分が馬鹿なのだと。


 フィーチャースキルは、その人の特徴をスキル化することで、その人の内面の力を発揮させる。

しかし、その特性は様々で、こと戦闘用であったり、サポート用であったり、生活で役に立つものであったりと多岐にわたる。


 そして、フィーチャースキルにはランク制度が設けられており、SからEまでに振り分けられる。

ただ、このランクは単純に強さだけでなく、有用性と過去に同じスキルを参考に付けられているだけで目安程度。しかし、目的が目的な為、戦闘用が優遇されるのは定番であった。


 タイヤー達の番になり鑑定室へと入ると、蝋燭しか明かりがなく、暗幕がされており空気がひんやりと感じる。

そこには水晶玉を前にフードを目深に被り、顔の見えない女性が座っていた。


「ほれ、何を突っ立ている。そこにある紙に書かれた赤い六芒星を塞ぐように手のひらを置くのだ」


 何処か聞き覚えのある声に、タイヤーは女性の顔を確認しようとするが、目深に被られたフードと、部屋が薄暗く、よく見えない。

女性の目の前に座ると、水晶玉の隣に置かれた紙には確かに赤い線で六芒星が描かれており、おもむろに右手を乗せる。


「痛ぇっ!!」


 紙の上に置いた手のひらに、針を何度も刺すような痛みが走り、咄嗟に手のひらを確認すると、血が出そうなほどの刺す痛みであったが、実際には血が出ることはなく、赤い六芒星が刻まれていた。


 後ろでエルに「男のくせに情けない」と馬鹿にされ、タイヤーは悔しさに顔を歪ませる。


「何をもたもたしておる。後ろがつかえているのだ、早く水晶玉にその手をのせんか!」


 怒鳴られて水晶玉に右手を乗せると、その上から重ねるように女性も手を乗せる。すると、ぼんやりと鈍い光を水晶が放ち中に文字が浮かび出てきた。


「ふむ。お前のスキルは『麦』だな。珍しいスキルだ。『異性に踏まれれば踏まれるほどに強くなる』というな」

「い、異性に踏まれる……だと……」


 タイヤーは、踏まれる場面を想像して思わず顔の表情が、だらしなく弛む。


「痛っ!」


 何故か目の前の女性に手の甲の皮をつねられたタイヤーは、自分の後ろにエルがいたことを思い出し、振り返る。

膝蹴りの距離までいたはずのエルは、かなり後ろへ退き暗い部屋の中でも分かるほど、表情がひきつっていた。


「ちょ、ちょっと待て、エル。違う、俺は──」

「ランクは無しだな」


 フードの女性の言葉が更に追い討ちをかける。ランクが無いってことは、役に立たないってことだと。

フィーチャースキルが役に立たないというのは、まるで自身が役に立たないって言われているようなものだと。


 更にこの『麦』というスキルは追い討ちの手を休めなかった。


「レアなスキルには違いない。以前に一人だけ。タカッタという人物がこのスキルを持っておった」

「お……親父、が……」


 タカッタ・フマレ。


 魔神を撃退した五人の英雄の一人ではあるが、家を出て他の女の所に入り浸った、タイヤー曰くクソ親父。

「絶対、親父のようになるものか!(三十三回目)」と思い続けていたタイヤーにとっては、親父と同じスキルと聞いてショックを隠せない。と、同時に頭の中でカチリと、とあるピースが組合わさる。


 他所の女のところにいた父親、麦というスキルの特性上踏んでもらう女性が必要なこと、そして父親と共に五人の英雄になったエルの母親。


 タイヤーは納得してしまった──五年前のあの日からエルの態度が急変した理由を。

それはタイヤーの父親とエルの母親の関係が、ただの八百屋と伯爵夫人ではないことに。


 しかも自分も今は、父親と似た立場にある。『麦』というスキルが大きく背中にのし掛かる上、エルからの侮蔑の表情が思い浮かんできた。

もしかしたら、エルに突っかかられてきた今までのような肉体的な痛みの方が、まだマシなのではないかと。

エルに合わせる顔がない、と後ろを振り向くことが出来なくなっていた。


「タイヤー、退いてくれる? 次、私の番なんだけど!」


 エルの声にビクンと反応したタイヤーは、俯きながら立ち上がって、とぼとぼと歩き鑑定室を後にして教室へ戻ろうとした。

直後、エルが「いたっ」と小さく呟く。


 扉を開くと後方で「スキルは『破壊剣神』だな。ランクはS」と聞こえてきて、いっそのこと俺を破壊してくれとタイヤーは思ってしまった。



◇◇◇



 足取りは重くなり歩みは遅い。

教室に到着するまでに、エルがタイヤーに追い付くには容易であった。


「何、くよくよしてるのよ!」


 エルの接近に気づいておらず、突然じんじんと痛みだした背中にタイヤーは驚く。

エルはそんなタイヤーを蔑むような目で見てくる。

反論する気力もなくなりタイヤーは、痛む背中を我慢しながら再び歩み出す。


「ちょっと、無視しないで!」


 再び背中に痛みが走る。放って置いて欲しいと願うことさえ許さないつもりらしい。タイヤーは、半ば自暴自棄になり始めていた。


「全く……昨日、先生も言っていたでしょう。ランクが全てじゃないって! ランクEだとしても、それは有用性に関した適正であり人格を否定するものじゃないって!!」

「昨日……俺、ずっと保健室に居たんだけど」


 辛うじて反論するも声に力は無く、目も虚ろになってきていた。エルは何か誤魔化すように一つ咳払いをした後「そうだったわね」と明後日の方向を向いて呟く。


「そ、そんなのは些細なことよ。それより、今私がちゃんと言ったでしょ。人格を否定するものじゃないって」


 ランクのこともあったが、タイヤーにとっては父親と同じスキルの事がショックを受けていた。

「絶対、親父のようになるものか!(三十四回目)」なんて思い続けても、皮肉混じりに嘲笑うかのように。


 ただ不思議とエルに背中を叩かれる度に、一瞬フッと背中が軽くなるのを感じていた。


「エル、もしかして多分恐らくきっと微かな希望的観測に過ぎないけれど、慰めてくれてる?」

「あ、あなたがあんまり落ち込んでるから、仕方なくよ!!」


 プイッと横に向けるエルの顔は、薄紅色に頬を染めていた。しかし、タイヤーは今までの経験上単に慣れないことをして照れた程度なんだと、特に気にしていなかった。


 今のタイヤーにはそんな些細な慰めが嬉しくて、嬉しくて、心がほんの少し軽くなり、心の中で礼を言う。


 背中の痛みが増してきたので言葉にするのは、なんか癪なように感じたから──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る