四踏 リック・ランドル
まだ少し痛みが残っていたタイヤーは、もう一眠りをする。嗣ぎに目が覚めた時には窓の外の空には赤みが差していた。
呼びに来るなり様子を見に来るなり、誰かクラスメイトの一人くらい見舞いに来れば、こんな時間に目覚めることはなかった。
タイヤーは、一人寂しく保健室を出て自分の教室に向かうと、自分の席と思われる場所にポツンと置かれた荷物が、物悲しい。
入学早々、これも全部エルのせいだ、どうしてやろうかと心に秘める。
寂しく荷物を手に取ると、全員帰ったと思っていた為に、いきなり教室の扉が開かれて仰天する。
「おう、いたいた。保健室行ってもいなかったから行き違いみたいだな」
茶髪の男子生徒が鞄を肩に背負いヒラヒラと此方に向かって手を振ってくる。
教室には自分しかおらず、茶髪の男子生徒の目的が自分だと知る。
「怪我も大丈夫そうだな。一緒に寮にいこうぜ、タイヤー」
夕日が目に染みて、思わず明後日の方を向いて一筋の涙がこぼれてしまった。
「えっと、君は?」
「ああ、そうか。自己紹介の時には華麗に舞って保健室にいたんだっけ? 俺っちはリックってんだ、宜しくな」
リックは、タイヤーに向かって親指を立てると、合わせてウインクまでしてくる。見た目通り軽薄そうな奴だが、待っていてくれたのは純粋に嬉しかった。
「俺はタイヤーだ、宜しくなリック」
「おう!」
にかっと白い歯を見せて笑うとリックはタイヤーの肩に腕を回す馴れ馴れしさが、タイヤーには心地よく感じていた。
リックと共に寮に向かうと、そこで同室なんだと知る。
ちょっと軽薄そうな態度のリックであったが、決して悪い奴ではなさそうだと、二人分だけベッドと机しかない部屋で他愛のない話で盛り上がり、話はタイヤーが保健室に運ばれる直前の話題に。
「しっかし、タイヤーも入学早々羨ましいよな」
「羨ましい? 何が?」
何の話かサッパリなタイヤーは詳細を聞くべく前屈みになる。
目を突かれ、下顎を打ち付けれて羨ましいなど、リックも少しおかしい奴なんだと興味を抱いたのだった。
ところがリックからの話は、タイヤーには予想外過ぎた。
「だってよぉ、エル・ガーランドって言ったら美人で有名なんだぞ。お前、その子の胸をいきなり揉むなんてなぁ……で、柔らかかったか?」
「は? 胸を……?」
微かに覚えている保健室に運び込まれる前の記憶。迫り来る二本の指と、微かに手に残る柔らかであり弾力の感触。そして、エルと思われる一言。
『いつまで、触ってんのよお! このド変態がああああ!』
エルの言葉とリックの話が一致すると、タイヤーは身震いするとベッドに入り布団を頭から被ってしまう。
明日、出会えば絶対殺されると。
「ははは。そんなに怯えるなよ。エル、怒ってなかったぞ」
リックのまたもや意外な言葉にタイヤーは信じられないと、一応布団から顔だけを出して、話を聞くことに。
タイヤーの顔は今まで生きていた人生で一番血の気が失せていることに、本人も気づいていないほどであった。
「お前の顎をキレイ打ち抜いた後、椅子に座って恥ずかしそうに顔を赤くしてたぜ」
タイヤーは絶望した。それはどう考えても顔を真っ赤に怒りに震えているんだろうと。
タイヤーは、想像する。怒りに顔を赤く染め、立ち上るロングヘアーの燃える赤い髪、鬼の形相で睨む赤い瞳を光らせるエルの姿を。
まさしく、炎鬼。
結局この日の夜は、次の朝が来ないことを願いつつ、布団にくるまり怯えていた。
◇◇◇
現実は当然朝がやってくるわけで。タイヤーに処刑の時間だ起きろとカーテンの隙間から眩しい日差しが瞼に突き刺さる。
頭から布団にくるまっていたはずだが不覚にも寝てしまい、寝返りで布団から出ていたらしい。
隣のベッドを見ると、リックが半目のままイビキを掻いておりその寝相は、アホ面そのものであった。
「おい、起きろよ。リック」
タイヤーは重く苦しい体を無理矢理起こして自分の身支度をする。普段よりちょっとだけ丁寧に髪を整える。それはまるで処刑台に向かうために身綺麗にするかのような心境。
リックも起き身支度を終えた後、食堂で最後の晩餐ならぬ朝食を食べてリックと二人一緒に登校する。
教室に入るのが怖いと躊躇いながら教室の扉を開くなり、妙な浮遊感と息苦しさがタイヤーに襲いかかる。
「あら、おはようタイヤーくん。よく来れたわね?」
笑顔で丁寧な口調のエルが、細い眉を吊り上げて髪と同じ真っ赤な瞳で目付きが鋭く変化していく。
怖い表情でもエルの顔は美しく、まるでお伽噺の女神のようだがタイヤーにとっては美しい死神だった。
ギリギリと頸動脈を締め付けながらタイヤーの体を吊り上げるその腕の力は、半端なく、タイヤーの顔面は青紫を経て赤紫に。
「ちょっと、エルちゃん。タイヤーくん、死んじゃうよ」
フローラが間に入って説得してくれる。フローラの方がタイヤーとっては女神であったが、内心では、もう少し強めに止めて欲しいと切に願っていた。
そして、他のクラスメイトはエルが怖いのか傍観を決め込み、リックは腹を抱えて爆笑していた。
結局運良く、先生が来てくれたことで、辛うじてタイヤーは解放される。
顔を赤紫に変化させたタイヤーは懸命に空気を取り込もうとするが、却って咳き込んで空気を吐き出してしまった。
「タイヤー。早く、席につけ」
まだ二十代後半くらいの男性教諭は、淡々とした表情で鬼のようなことを言い放つ。
タイヤーは、このクラスには鬼しかいないのかと、這いずりながら自分の席へと向かうのであった。
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