十三踏 緊急事態 

 実地訓練当日、タイヤー達は各々荷物を背負う。特にタイヤーのリュックは一際大きく、約一週間分の食糧も入っていた。


 荷物を背負うことは、タイヤー自身が申し出たこと。

自分は戦力外なので、これくらいは役に立たなければと。

背丈もあり、一般人に比べて体力も力もあるタイヤー。

しかし、大剣を軽々振り回すエルや武道の心得があるフローラよりは劣る。

女性に荷物を持たせたくないという、見栄もあった。


「で、タイヤー。行き先と任務は?」

「えーっと、首都の東側にある通称“迷いの森”だな。任務はそこに住む“獣人”と出会うことだ」

「“獣人”と!? また、難しい任務ね」


 眉をひそめて難しい表情をするエル。初めての実地訓練にしては、難易度が高いことは、皆が感じていた。


 迷いの森という名で知られるが、別に入ったら迷子になるというわけではない。

迷いの森には昔から“獣人”が住んでいるとされており、時折目撃例もある。

ところが“獣人”が住む村の周囲には結界が貼られており、どんなに森の奥深くへ入っても辿り着くことは、ままならず、気づけば森の外へと出てしまう為に迷いの森と呼ばれていた。


「まぁ、ここでグダグタ言っても始まらないし、早速行こうぜ」


 やる気マンマンのリックを先頭に、タイヤー達は迷いの森へと向かうのであった。


 首都レバティンから迷いの森の入り口まで、歩いて最短で片道二時間ほど。決して遠くもなく、近くもない。

あっという間に辿り着いたタイヤー一行は、早速森の中へと入っていく。


 初日。

大剣を構えるエルに向かって飛びかかるゴブリンの群れ。

「はああぁぁぁ……とりゃーっ!」と、大剣を振るうと二、三匹のゴブリンを纏めて吹き飛ばす。

フローラは、群れの横から飛び出てきて次々と殴りかかる。ゴブリンも無抵抗ではない。皆がエルではなく、フローラへと向かっていく。


 殴り蹴る度に揺れるフローラの胸めがけて。


 特にすることないタイヤーとリックは内心「気持ちはわかる」とゴブリン相手に同調していた。


 二日目。

薄暗い森の中。ゴブリンが森を闊歩しているということは、この森の魔物の生態系の頂点はゴブリンである。

初日に散々な目にあった為か、タイヤー達を襲ってくることは無くなり、何事もなかった。


 三日目。

エルがどうしてもと譲らない為に、渋々料理当番をさせる。

出来上がってきた料理は、見た目は赤、黄、青とカラフルであったが、材料が不明な鍋料理であった。

いつもの如く天に祈る三人。

しかし、天はタイヤー達を見放す。

あたった──腹が。

この日、三人は腹の痛みに耐えながら脂汗をだらだらと掻き続けた。


 タイヤー達がを見つけたは、四日目にだった。


「おい、あれ見ろ!」


 リックは隊列から離れて、草むらを掻き分けて行く。

リックが見つけたのは、人──いや、人の形をしているが腕の代わりに大きな翼が生えており、足首から先も鋭い鉤爪のようになっている女の子。


 獣人──タイヤー達は、そう確信した。


 獣人は、血だらけであったが原因は翼から流れる血のせいであり体に傷口は見当たらない。意識は朦朧としておりタイヤーとリックが抱き抱えて木の根元に、もたれさせる。


「まだ、子供か?」


 服は着ておらず、見た目の幼さに比べて大きな胸の膨らみがあり、胸部から太ももまで羽で隠されていた。

緑色の髪は腰まで伸びており、虚ろな目に小さな黒い瞳を覗かせている。顔立ちは人と変わらない。


「大丈夫か? どうしたんだ?」


 獣人の少女に優しく声をかける。虚ろな表情のままタイヤーを見ると、一瞬「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げて驚くが、隣にいた同姓のエルを見て、みるみるその目が開かれた。


「お、お、お、お願いよ……な、仲間を、家族を助けて……」

「一体何があったんだ?」


 リックは彼女の翼に応急処置を施しながら尋ねるが、嫌なことを思い出したのであろう、少女はみるみる青ざめて震え出す。


「ま、魔物が……魔物が来てみんなを……」


 余程怖い目に遭ったのだろう、それ以上話せそうにもなかった。

タイヤー達は、どうするか話し合う。

目的の“獣人”との邂逅は果たした。

しかし、怪我人の彼女を放っておいて帰れない。

何より、村が魔物に襲われているならば、助けなければ。


 タイヤー達の心は決まる。だが、問題は獣人の村まで辿り着けないこと。

少女に助けに行くつもりだけど案内出来るかと尋ねると、翼の痛みと震える程の恐怖に耐えながら少女は立ち上がり頷いた。


「わかった、行こう。俺はタイヤー」

「エルよ」

「フローラです」

「リックだ。よろしくー」

「あ……アチキはミユウよ。ミユウ・セレーン」


 自己紹介もそうそうにタイヤー達は、エルに背負われたミユウの案内で村を目指す。

ミユウの説明では、森に流れる特有の匂いを辿り続けると村に辿り着けるといい、匂いは獣人しか嗅ぎ取れないらしい。


 一時間かけてタイヤー達は、急ぎ走り回る。やがて体を何かが通り抜ける感覚を感じると、ミユウはあとは真っ直ぐだと説明した。


 タイヤー達は走り続け、視界が急に開かれる。

そして、その目に飛び込んできたのは、燃え盛る家々と、損壊されまくった獣人の大量の遺体、そして片手に獣人の頭を持って立つ、一人の男が此方を見て笑っていた。

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