十四踏 魔人族
周囲の家々が真っ赤に燃え盛る炎に囲まれても、平然と立つ不気味な男。片手に獣人の頭を持ちながら、笑って見せる。
一見人間と見間違う外見だが全く感情を感じさせない目には、光を吸い込むような深い闇の色をした大きな瞳をしていた。
明らかに人間のする表情ではない。
後方に無造作に頭を放り投げた男は、歩くことなく地面を滑るように此方へと近づいてきた。
「おや。人間がこんな所を訪れるとは。いらっしゃい、ようこそ獣人の村へ。……もう無いですけど。あははははは」
タイヤーだけでなくこの場にいた全員が男の笑いに背筋に寒気が走る。
裂けたと思うほど大きな口を開いて軽快に笑うと、ザンバラな白い髪の上に乗せていた三角のトンガリ帽子を取り、男はタイヤー達に頭を下げた。
「そうそう。自己紹介がまだでしたね!」
再びトンガリ帽子を頭に乗せた男は、わざとらしく体の前でパンと柏手を打つ。どこまでも飄々と、そして真っ直ぐ見て瞳を自分達から瞳を動かさない男に、タイヤー達の背中は既に汗でびっしょりと濡れていた。
「私は、魔神ザハート様に仕える魔人族のゼピュロスと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「魔、魔人族……お前が……」
タイヤー達は、足が震え出す。いくら学園で無敗を誇っても、まだ十六、それも戦闘経験も皆無だ。無理もなかった。
それほど、魔人族の存在が圧倒的であった。
“魔神に遭遇したら死を覚悟する暇すら無い、魔人族に遭遇したら死を願え”と言い伝えで、小さな子供の頃から聞かされ続けるほどである。
初めて見た魔人族にタイヤー達は、それが只の言い伝えでは無いことを確信したのだった。
「……げろ。逃げ──!」
タイヤーが振り返りエル達に伝えた時には、いつの間にかエルの目の前にゼピュロスが。
「ああああ! “破壊剣神!”」
狂うように叫んだエルが手のひらから、大剣を出した──その瞬間。
「う、うそ……」
大剣は、真っ二つに折れていた。切っ先の方をゼピュロスが二本の指で摘まむように。
「ふむ。破れかぶれとはいえ、私に剣を向けようとする人間がいるとは。面白いです。あははははは」
ゼピュロスは無表情のままエルの眼前で大きな口を開き笑う。
「エルから離れろ!」
タイヤーは気づけば叫んでいた。しかし、エルの目の前にいたはずのゼピュロスがいない。背筋がブルッと震えた……。
「離れてあげましたよ」
自分の耳元で声が聞こえた。タイヤーは目だけを後ろの方へゆっくりと向けて行く。
自分の顔の真横にゼピュロスの大きな黒い瞳が見えた。
そして、チクリと首を何かが触れた。
ゼピュロスの鋭く尖った爪がタイヤーの首もとへと向けられていたのだ。
「タイヤー!」
「タイヤーくん!」
エル達がそれに気づいたのは、コンマ数秒遅れてだった。
このままでは全員殺される。そう、思ったのはリーダーであるタイヤーであった。
「エル、皆を連れて逃げろ!」
タイヤーは言い伝え通り死を願った。しかし、エルがフローラが簡単にタイヤーの覚悟を汲み取れず動けない。タイヤーを見捨てないという魔人族の前では陳腐な正義感。しかし唯一リックだけは違った。
リックはエルとフローラの腕を取り逃げ出す。タイヤーを見捨てるのかと、エルは引っ張られながらも叱責するが、リックは何も言わずにタイヤーの決死の覚悟を胸に秘め力一杯腕を引っ張るのみ。
「おやおや。お友達を置いて逃げるとは酷いですね」
逃げられないぞと言わんばかりにゼピュロスとゼピュロスに爪を向けられたままのタイヤーがリック達の行く手を塞ぐ。
「ふむ。では、こうしませんか? 私の欲しい情報を下されば見逃しましょう」
「じょ、情報?」
ゼピュロスは、タイヤーから簡単に離れる。ゼピュロスの実力は思い知った。たとえ逃げようとしても後ろから簡単に殺される。
タイヤー達は、この気紛れな魔人に命の交換を持ちかけられたのだった。
「情報ってのは?」
「ええ。コバー平原、知っていますか?」
タイヤー達は頷く。知らない筈はない。魔神ザハートが降臨し、タイヤーの父親とエルの母親の亡くなった地。
誰もが知っている場所であった。
「五年前、そこにザハート様が
「復活させた人物……って、ちょっと待て! ザハートが中途半端? どういう意味だ!?」
ゼピュロスはザハートと呼び捨てにされ殺気をタイヤーへと向ける。が、それはとるに足らない人間の戯言と思い直しすぐに収まった為、タイヤーは一命をとりとめた。
「貴方は右手だけで軽快に動けますか? ま、そう言うことです」
「み、右手!?」
タイヤー達は生唾を飲み込む。コバー平原は五年前から今まで、植物すらも生命活動を行っていないくらいに荒れ果てている。そしてタイヤーの父親とエルの母親は、ザハートの右手程度で命を落としたのかとショックを受けたのだった。
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