十五踏 取り引き

「 知っているのですか?」

「どうして、そんなに探しているんだ」


 タイヤーは、すぐに答えずにゼピュロスを睨み続けていた。一度死を願ったタイヤーは、ある種命を一度捨てた身であるがゆえ、ゼピュロスに対して堂々と会話で渡り合う。

少しでもこの男から情報と逃げる機会を得ようと。


 エル達には、タイヤーが今ほど頼もしく思う時はなかった。


 そして、その変化に気づいたのはもう一人。ゼピュロスである。

今、ゼピュロスはタイヤーを面白いと評価していた。ただ、この魔人は気紛れ。

一度、間違えると豹変することにタイヤー達は気づいていなかった。


「そうですね。簡単に言えば、魔人も一枚岩ではないということです。魔人にはそれぞれ仕えている魔神が違うのですよ。魔神は四人居ますからね。もし、他の魔神の者がザハート様をあんな中途半端な形で復活させたのなら……」


 表情に変化はないが、明らかにゼピュロスの周りの雰囲気が暗く冷たいものへと変わる。

ゼピュロスから、怒りが伝わってくると、エル達は心臓を鷲掴みされたように締め付けられた。


「そうか。悪いけど知らないな」

「……」


 エル達はタイヤーの回答に驚く。ここに来て知らないと言うなんて無謀だと。

ゼピュロスも黙ってしまい却ってそれが恐ろしかった。


「あははははは。そうですか、知らないですか。わかりました、それでは私はそろそろお暇しますね」

「殺さないのか? 俺達は何の情報もやっていないぞ」

情報をくれたではないですか。それも情報なのですよ」


 ゼピュロスは大口を開いて笑うとそのまま踵を返して帰ろうとする。エル達は、意外なゼピュロスの言葉に呆気に取られてしまった。


「そうそう。助けるのは一度だけです。それまでに精々私に殺されないように鍛えておくんですね。あははははは……はぁぁぁ、獣人が関わっているという噂は嘘だったみたいだし、残念です」


 最後に気になる一言を残し、突如突風がゼピュロスの周り集まると砂埃に紛れ姿を消してしまった。


 助かった……とエルとフローラは、腰が抜けてその場に座り込む。リックも膝を地面に付けると額から一気に汗が吹き出す。

タイヤーだけは、その場に立っていた。


「はは……タイヤーすげぇや。アレ相手に堂々としてやがる……」

「本当に。少し見直したわ」

「うん。さすが、わたしたちのリーダー」


 皆がタイヤーを褒め称える。しかし、肝心のタイヤーはその場で身動き一つしない。


「タイヤー?」


 エルがそう声をかけた瞬間、タイヤーは立った姿のまま地面へ前のめりに倒れていく。


「き、気絶している……」


 這いずりながらタイヤーに近づいたリックは、地面に顔を思いっきり打ち付けながらも意識の戻らないタイヤーに、「天晴れだな」と漏らすのであった。



◇◇◇



 それからタイヤーは任務終了として怪我をしているミユウを先生に預けて報告を始める。


「それでは獣人の村には辿り着けたが、に襲われた後で、壊滅した、そういうことか?」

「はい。既に手遅れでした」


 タイヤーは、前もってエル達にゼピュロスの事を黙っておくと、相談し口裏を合わせる。

魔人族が首都からそう遠くない場所に現れた。これだけで住民がパニックになるのは目に見えている。黙っておくのが得策なのではないかと、タイヤーの提案であった。


「そうか。残念だ、獣人が魔神復活に関わったと噂があったのだ、成果は得られずか。お前たちが助けた獣人は、何も知らないだろうな。まだ子供のようだし」


(噂? ゼピュロスも確か同じような事を……もしかして首都で噂を聞き付けたゼピュロスが獣人の村を襲ったということか)


 タイヤーは、獣人達に同情する。結果ありもしない噂のせいで、獣人達はゼピュロスに襲われることとなったのだ。


 ミユウは診察所に暫く入院することとなり、タイヤー達は足早に首都へと帰還した。


「ねぇ、タイヤー。報告あれでよかったのかしら……」


 首都から学園への道すがらエルは不安そうな表情をしていた。タイヤーは、エル達を連れて大きな道を逸れて誰もいない路地裏に。

そして小声で本音を吐露した。


「いいか。もし俺達が魔人族に出逢い生還したと話をしたら、先生たちは信じると思うか? 絶対に何かあったと勘繰るはずだ。勘繰るだけならまだしも俺達が魔人族と繋がっていると思われてみろ。そこに待つのは結果の決まった拷問くらいだ」


 これがタイヤーの本音であった。出会ったら死を願えと言われるほど、絶望的な魔人族。それも無傷で戻ってきたなら文字通り悪魔に魂を売ったと思われても仕方がない状況。

そのあとに待つのは、魔人族と繋がっていると肯定しか許されない拷問と、その後の極刑。


 伯爵令嬢であるエルはともかく、フローラ、それに王族ではあるが所詮は庶子でしかないリックは、最悪の事態もあり得たのだと、全員が初めて気づいた。


「じゃあ、タイヤーくんは、わたし達の為に……」

「そう、そうね。充分あり得る話だわ。何故そこまで頭が回らなかったのかしら……?」

「多分、あの魔人族のせいだ。命を救われた形の俺っち達と違って、タイヤーは一度命を捨てた。だから、その辺敏感だったんだ」


 エル達はタイヤーに頭を下げて礼を言う。


「やめろよな。俺達はチームだろ」


 こっ恥ずかしくなり頬を赤くしたタイヤーは、「ほら。戻ろう」と皆を連れて学園へと戻るのであった。

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