二十一踏 国外逃亡

 タイヤーの極刑の執行は、決定から僅か二日後だと本人にも知らされる。


 牢に閉じ込められていたタイヤーは、急な展開に牢屋の隅にしゃがみ込んで虚空をボーッと眺めている。

極刑と聞いた時は、気が狂いそうであったが、今は自分でも驚くほど落ち着いていた。


 心残りはある。女の子とイチャイチャしたいなぁとか、エル達とももう少し長く居たかったとか、結局自分のフィーチャースキルの全容がわからなかったなとか、何より『絶対、親父のようになるものか!(三十九回目)』と心に誓ったはずなのにとか。


 それでも落ち着いていられるのは、残った三人がきっと自分の想いも継いでくれると信じていたから。


 タイヤーは取り調べを受けている時に、自白する条件として一つ提示した。


 それは、エル、フローラ、リックの三人に手出しをしないこと。


 自分が極刑になった後のことはわからない。しかし、エル達なら自分で何とかするであろうと信じていた。

そして、あの三人なら、きっと英雄と呼ばれるようになると。


「あぁ、そうか。今わかった……。俺は親父のように英雄になりたかったんだ」


 タイヤーは、ようやく自分の気持ちに気づく。

自分の背中に背負わされた、父親の影と、父親と同じフィーチャースキル《麦》。

それは、英雄の息子として父親から託された想いであることに。


 フッと重かった背中が急に軽くなる。


 父親がエルの母親と……それは、いまだに許せない。しかし、それと英雄としての父親は別なのだと理解に至ったタイヤーは、一人笑みを溢す。


「こんなときに、何を笑っているのよ」


 声のした方へ視線を移すと、そこには呆れた顔をしたエルが腰に両手をあてて仁王立ちしていた。


「な、なんで……」

「シーッ!! 静かにしなさい。今助けるから」


 エルは手のひらの六芒星から大剣を取り出し振るうと、簡単に牢屋は破壊された。


「タイヤーくん、立てる? 逃げるよ」


 見張りをしていたフローラとウッド先生もタイヤーの目の前に姿を現す。


「一体、どういう事なんですか、ウッド先生」

「お前を助けに来たんだよ。学園の教職員全員とエルとフローラでな」

「リックはどうした?」


 エルはリックの名前が出るとみるみる顔を真っ赤にして憤慨する。


「あんの、裏切り者! あいつなら実家に戻ったわよ!」


 話は少し戻り、エル達と先生達でタイヤーを助ける手筈と、脱出の方法を話し合っているときであった。

リックが急に「俺っちは実家に戻るわ」と言って出ていってしまったのだ。

突然ことにエルとフローラは、リックを止める事が出来なかった。

出ていった後、リックが脱出計画を聞いていたことに気づいたが、既にその姿はなく、リックを信じるしかなかった。


 エルとフローラは憤慨していたが、ウッド先生からレバティン王国から脱出の手順を聞いたタイヤーは、急に声を出して笑う。

脱出に関わりのある人達全員が、相当慌てていたのだろうと。

その計画は、あまりにも稚拙で穴だらけだったのだ。


「あははははっ! なるほど。エル、フローラ、後でリックに謝っておけよ」


 エルとフローラはポカンと口を開ける。タイヤーは一体何を言っているのであろうと。しかし、その答えは直ぐにやって来た。


「お前ら、早く乗れ!!」


 牢屋のある建物から脱出したエル達を待っていたのは、月明かりに照らされた馬車の御者台に乗るリックの姿であった。


「リック、?」


 リックは荷台を指差し、タイヤーが覗き込み確認するとニヤリと笑う。

タイヤーがリックを疑うこと無く荷台に乗り込んだ為に、エル達も後に続くが、荷台に乗せられていたものに驚く。


「えっ! この子……!?」


 荷台に横たわりスヤスヤと寝息を立てる鳥の獣人ミユウの姿に二人は目を丸くする。


「よし、行くぞ。先生西門でいいんですね?」

「ああ、リック頼む」


 リックが馬車を西側の門へと走らせる。エルとフローラは、リックやミユウがここに何故居るのかよく分かってない様子であった。


「タイヤー、ちょっと、どういうことなの?」

「うん? いや、俺達が居なくなれば、この子も罪を問われるだろうが。ミユウもゼピュロスに出会っているんだし」

「そ、それじゃあリックも、それを見越して……?」

「あぁ、馬車用意するついでに親父にはタイヤーは北へ逃げるつもりだとも言ってもおいた。簡単に俺っちの言葉を信じてたよ。あのを手に入れるチャンスだって。はははは!」


 リックの父親は、この国の王子だが齢は六十を越え女好きでも有名人。

リックの話だと罪人を逃がした犯罪者なら、たとえ伯爵の令嬢だとしても囲い込むことは容易な上、たとえバレても伯爵もそうそう簡単には文句を言えないと涎を垂らして喜んでいたと言う。


 想像しただけでエルは、全身の鳥肌が立ち身震いする。


「あ、リック。母さんとルカを連れて行かないと! 家に寄ってくれ」


 タイヤーが逃げた事を知れば、家族に疑いがかかるのは明白。それならば一緒にと、そう思ったのだが、ウッド先生が心配はいらないと割り込んできた。


「どういうことですか、先生」

「タイヤーの家族は、もう逃げている。東の国の母方の実家に逃げ込むそうだ。生憎タイヤー達とは真逆の方向だが」

「そう……ですか。いえ、ありがとうございます。生きていればいつか会えますから」

「よし、西門が見えてきた」


 今回タイヤーは西国にあたるスエードという国に逃げ込む手筈であった。

レバティン王国とは、戦争間際まで深刻化した犬猿の仲であるが、たまたま、その際にコバー平原に現れた魔神ザハートのせいで、戦争などしている暇などないレバティン王国と、魔神が来るのを恐れたスエード。

両国は辛うじて戦争を回避する経緯があった。


 タイヤーの母親と妹が向かった東国は、まだレバティン王国と親交があるためにタイヤーとは別行動となったのだった。


 見えてきた西門には、兵士の姿は一切無く、そこに居たのは学園長を初めとする教職員一同が迎え入れる。


「学園長まで……俺の為に、すいません」

「ほっほ。なに謝るのはわしらじゃ。それより達者でな」

「頑張ってね。そして、いつかまた会いましょう」

「そうだ。俺達も働きかけてタイヤー達が、また此処に戻って来れるようにしなくてはな」


 先生達から各々エールを受け取りタイヤーは、ひたすら頭を下げた。


「これは餞別だ。たいした金額ではないけどな」


 馬車から降りたウッド先生から布袋に入ったお金をタイヤーは受け取り礼を言う。


「エル、フローラ、リック。本当に俺と行くのか? まだ間に合うぞ」

「悪いけど今度の事で完全にお父様には、失望したわ。今度会ったら全力でぶっ飛ばすつもりよ」


 物騒な事を言うエル。タイヤーは、死なない程度になとたしなめる。


「わたしも父に話したら『いっそのこと全世界にハッシュ流を広めて来い』って言われちゃった。だから、わたしもついていくよ。タイヤーくん」


 そう言い握り拳を作るフローラのなんと頼もしいことかと、タイヤーはフローラに礼を言う。


「俺っちは、まぁ、もともと家に居場所ねぇしな。何よりお前らと一緒に居るのが楽しいんだ。何処までも付き合うぜ」


 リックが御者台から振り向き握手を求めると、タイヤーもそれに力強く応え互いに笑顔を見せ合う。


「よし、じゃあ行くか!」


 タイヤーの合図にリックは馬車を動かし始める。ウッド先生達は、馬車の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

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