第22話 赤いマントのカラス舞う。

 カラスが低く飛んでいた。

 赤いマントをはおり木々の間を走り抜けるカラス。

「敵襲!」

「鉄甲冑の騎士一名!」

「至急、応援を……」

 あまたの叫び声はすぐに背後のものとなる。

 翻るマントの下で幼い少女の声。

「カラン、2時の方から来た!」

「承知」

 カラスは剣を構え直し、進路を変えた。


 ***


「私が敵に奇襲をしかけます。彼らは屋敷に戦闘員が残ってるとは思っていないでしょうから」

 陽光の差し込む厩舎にてカランがそう言った。

 カラン曰く、メイドたちの砲撃でダエマ邸本館を包囲する敵陣が乱れているという。しかし、そこは70年にわたって実戦を経験してきた赤眼種ロッソ軍。すぐさま、伝令を派遣して陣営を立て直したらしい。

「その伝令の動きから敵軍の指揮所は屋敷南西部の森の中にあると見当がつきました。そこを潰し、敵軍の物資に火をつければ彼らも退却せざるをえません」

 本館に戻った少しの時間で、この騎士はそんな所まで見ていたのか、とクレナは舌をまく。

『あの方、ピエモンドでも有名な腕の立つ騎士だとか』

 そうセレンが評していたのを思い出した。

 しかし、

「あんなにたくさんの敵がいるのよ?いくらなんでも無茶……」

 カランが楽しそうに笑った。

「クレナ様、奇襲とは少数精鋭で行うから奇襲なのですよ」

 教え諭すような口調で言ってくる。こっちは心配して言っているというのに。やはり、この騎士とはどうも馬が合わない。

「では、私は行ってきます。すぐに戻りますよ。それまでクレナ様は地下道の中に……」

 そう言って立ち去ろうとする鉄の背中。

 その背中を「ちょっと!」とクレナは呼び止めた。

「どこ行くの?」

「え、いや、ですから、敵の指揮所に……」

「は〜、これだから」

 クレナはわざとらしく大げさにため息をついた。

「あなた、さっき、言ったでしょ?」

「え?」

「私を守ってくれるんでしょ?それなのに私を暗い地下道に一人ぼっちにするの?」

「いや、それは……」

 戸惑うカランにゆっくりと歩み寄るクレナ。そして、カランの鉄兜を見上げてにっこりと微笑んだ。

なら、まだ少数精鋭って言えるわよね?」


 ***


 そして、現在にいたる。

 赤いマントで背中にしがみつくクレナを隠しながらカランは森の中をひた走る。

 予想通り森の中にも斥候部隊がいた。

 さきほどから騒がしい。

 しかし、気にしている暇はないし、する必要もない。

 敵の伝令が指揮所に到着する前にカランたちがたどり着けばなんの問題もない。

 敵部隊の騒めきに異質な音が混ざる。

 背中に乗せた少女がビクリと身をすくめるのがわかった。

 銃声だった。

 大砲の輸送に比べれば銃の携行など造作もないことだろう。

 全く、こっちの武器は剣一本だというのに。

「大丈夫ですよ、クレナ様。あたりませんから」

 いくら赤眼種ロッソ軍の軍事技術が優れていると言っても、あくまで王国軍と比較しての話だ。性能上、銃の連射に制限があるのは変わらない。敵兵が照準を合わせる前に木々の合間を駆け抜ければ着弾などカランにとっては論外だ。

 それよりも懸念すべきは……

「カラン、上!」

 クレナが叫ぶ。

「承知」

 足の回転を乱すことなく、カランの剣が必要最小限の弧を描く。

 走り抜けるカランの背後で悲鳴とともに墜落する音。

 唯一の懸念事項は、敵兵の白兵戦。万が一でもクレナが怪我をしようものなら、カランは死んでも死にきれない。

 飛びかかる兵士を何人もなぎ倒した。それはもう必死に。

「こんなこと、二度とごめんです」

 兜の奥から本音が漏れる。クレナが間髪入れずに応じた。

「奇遇ね。わたしもよ」

 初めて気があったな、とカランは苦笑した。

 騒々しさの合間に水の流れる音がする。

 木々の合間から日光をうけてキラキラと輝く川面が見えた。

「あと、もう少しです、しっかり掴まって……」

「カラン、鉄砲!」

 突然クレナが甲高い声で叫ぶ。

「大丈夫です。避けますから……」

「違う!今までのとは違う!」

 血相を変えたクレナの叫びにカランは森の奥を見やる。

 自分の目を疑った。

 二人の赤い鎧を着た敵兵。

 一人がしゃがみ、肩に黒光りする筒状のものを担いでいる。

 ぽっかりと空いた口がカランたちに向けられていた。

 隣にたつもう一人の男が合図のように手を下ろした。


(まずい!)


 本能的に手近な木の裏に隠れるが、遅すぎた。


 カランとクレナは爆風に包まれ宙を舞った。


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お逃げください、クレナ様!〜引き籠もり王女vs鎧の女騎士〜 下谷ゆう @U-ske

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