第17話 彼女は美少女を愛しすぎてる。

 カランの振り上げた剣はまっすぐにクレナに向けられ、風切り音と共に振り下ろされる。


 ぐしゃり。


 人が崩れ落ちる音が廐舎に響いた。……クレナの背後で。


「何これ……」

 振り返ったクレナは言葉に詰まる。

 赤い甲冑を身にまとった男が剣を握りしめて倒れていた。

 見開かれたまま静止したその瞳は赤かった。


「お早い登場だな」


 カランは中空を斬るように剣を一振りしながら呟く。赤い飛沫が干し草の上に飛び散った。


「どういうこと?」


 突然の殺生に恐々とクレナはカランを見上げる。その姿はこれまでにないくらいに殺気立っていた。


「どうやら、この屋敷は悪者に見つかったようです」


 カランはやおら剣を廐舎の入り口に向けて構え直した。素人のクレナにも理解できる美しく洗練された動き。


「クレナ様」


 カランの兜は入り口を見据えたまま微動だにしない。その気迫にクレナは圧倒されそうになる。


「な、何?」


「『なぜクレナ様は嫌われるのか?』そう尋ねられましたね」


 こくん、とクレナはうなづく。目の前の騎士は本当にあの変態なんだろうか、と戸惑いながら。


「私はその問いには答えられません。ですが、ただ一つ言えることがあります」


 構えられた切っ先が宙の一点を捉え静止する。


「私は好きですよ。クレナ様の緑色の瞳が」


 瞬間、カランは駆け出した。光をも切り裂かんばかりの勢いで。


 ***


 迂闊だったと走りながらカランは歯噛みする。

 クレナに押し倒されて周囲への警戒が疎かになっていたこと。

 クレナの背後に剣を振り上げた赤眼種ロッソの兵士が立つまで、その存在に気がつかなかったこと。

 後者は相手の斥候能力が高かったことも一因だが……。

 

 赤眼種ロッソ軍の襲撃。恐れていた最悪の事態。

 唯一幸運だったのはクレナが本館にいなかったことか。おそらく、敵軍の主力は本館に集結しているだろう。

 厩舎入り口の柱の影に身を潜め、外の様子を伺う。

 白んだ空の下で雑草が風に揺れている。

 敵兵の姿は見当たらない。


 厩舎の暗がりから外の日の光の下へとカランは足を踏み出す。厩舎の影と太陽を背に一歩、一歩と足を進め……


 視界の隅で黒いものが揺れる。それは地面に移った影で……。

 振り返り頭上を仰ぎみるカラン。その直上3メートル、赤眼種ロッソの兵士が大剣を振りかざして飛びかかっていた。

(やはり、いたか……)

 潜伏先は厩舎の屋根の上、屋内から慌てて出てきた目標を迎撃するには最良のポイント。

 そして、地上で見上げるカランにとって圧倒的に不利なポイント。

 カランは敵兵に向かって剣を振り上げる。

 下にいる者が上からの攻撃にどれだけ脆弱なのかを理解しながら。

 重い斬撃。

 思わず崩れ落ちそうになるのを堪え、いなすように相手の大剣を受け止める。

 わずかにそれた相手の軌道。

 その一瞬にカランの目は敵兵の小手先を捉える。

 カランは握っていた剣から右手を離す。

 伸ばした右手は敵兵の手首をつかまえ、そして……


 背負いこむようにして地面に叩きつけた。

 墜落した敵兵はもう動かない。


 しかし、それだけで終わらない。

 カランの周囲より来たる3人の敵兵。

 一人は地上の草木の陰から。

 二人はやはり厩舎の屋根の上から。


 カランは兜の奥で眉をひそめた。

「男は嫌いだ。女二人にこれだけの人数差し向けて……」


 おもむろに剣を構え直す。


「そして……」


 カランは地上から来たる敵兵に目標を絞った。


「美少女に手を出す男は大嫌いだ」








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る