第18話 王女の勤め

 カランが外に出て行ってしまい、クレナは薄暗い廐舎に一人取り残された。

 カランが倒した赤眼種ロッソの敵兵から離れて、廐舎の隅に一人うずくまっている。

 敵兵の目の色を見た時、クレナは悟った。

 自分の勤めを。

 それは『赤眼種ロッソの兵士に青眼種アズーロの王女として殺されること』。


 赤い眼をした人たちが、憎き青眼種アズーロの代表たるダグマーズ家の王女を殺したいのは当然。敵の中枢部の人間を抹殺した事実は軍隊内の士気を大いに盛り上げるだろう。


 青い眼をした人たちにとっても、王宮内の厄介者を消せる好機。しかも、王女が敵軍に殺されたと扇情的に宣伝すれば国民の反・赤眼種ロッソ感情を刺激できる。軍事増税も都合よくできるだろう。


 青い瞳を持っていたら、王宮から追い出されなかっただろうか?

 赤い瞳を持っていたら、北部の山岳地帯で歓迎されただろうか?


 わからない。クレナの瞳は緑色だから。


 青くない瞳。

 赤くない瞳。

 緑色の瞳。

 王国内でたった一人だけしか持たない瞳。

 その瞳を持つ孤独な少女の勤めは皆に嫌われながら死んでいくこと…………。



「ただいま、戻りました」

 鉄の鎧を軋ませながらカランが戻ってきた。クレナはチラリと目線を上げて彼女の姿を見る。

 いつも鈍く輝いていた鎧は、黒土と赤い染みで汚れてしまっている。クレナは目をそらすように俯いた。


「外の敵は、もういません」

 カランはうずくまったクレナの側にひざまづく。

 だが、クレナはカランの方を見ないし、返事もしない。


「ですが、いずれ敵軍の主力部隊もここに気がつきます」

 先ほどの殺気の片鱗も見せずカランは話かける。

 だが、クレナは返事をしない。


「逃げましょう、クレナ様。今しかありません」

 その言葉にクレナはようやく応じた。

「どこへ?」

「え?」

 カランが虚をつかれたように固まった。クレナは追い打ちのように問いかける。

「どこに逃げるの?」

「どこって、赤眼種ロッソの手の届かないところに……」

「それは無駄ね」

 クレナは鼻で笑って一蹴する。

「だって、その時は青眼種アズーロに殺されるだけだもの」

 今度はカランが黙る番だった。クレナに返す言葉などあるはずもない。

 それが、事実なのだから。

「ここで無駄に抵抗して何になるの?死ぬ人の数が増えるだけでしょ?それよりは潔く私がここで死ねば皆が幸せじゃない」

 そこまで言ってクレナはフッと息を吐いてから、そっと付け加えた。

「……私も含めてね」


 ***


 そのとき、耳をつんざくような甲高い音がダエマ邸一帯に響き渡った。管楽器のような音だった。  

 クレナもカランも厩舎の入り口の方を振り返る。

 本館の方から男が叫ぶ声が聞こえてきた。ピエモンドで育ったクレナには耳慣れない喋り方だ。

「我々は、帝国軍403特別編成隊である。この屋敷は現在我々の勢力下にある、繰り返す……」

 本館に向けられた敵軍の演説。それは弱者に力を誇示するような一方的で威圧的なもの。ダエマ邸内の戦意をそぐ策略だろうか?

 演説はまだ続く。


「我々の要求はクレナ・ダクマーズの身柄だ。引き渡されしだい、即時撤兵することを約束しよう」


 そして、最後に嘲うかのように付け加えられた。まるで、はなから抵抗など選択肢にないだろうと言うように。


「帝国軍人に、二言はない。野蛮な土人とは違ってな。諸君の賢い選択を期待する」


 クレナは音もなく立ち上がった。そして、ただ一心に厩舎の外を目指す。

 その前にカランが立ち上がった。

「どこに行くんですか!」

「どきなさい」

 クレナはカランの方を見ようともせず本館の方を見る。

「殺されるんですよ?」

 クレナは唇を真一文字に結んで応じない。

「分かってますか?赤眼種ロッソがダクマーズ家にどれだけの恨みを持っているのか?一瞬で楽に死ねると思ったら大間違い。激しい辱めを受けて……」


「それでも!!」


 大声とともにクレナは目の前の甲冑を鋭い眼差しで睨みつける。


「私にはもう……それしかないじゃない。私の居場所なんてどこにもないんだから……」


 毅然と言おう、そう思っていたのに。

 出てきた声はみっともなく震えてしまう。

 逃げるように目線をそらし、カランの脇をすり抜けようとすると……、


「ちょ、ちょっと、やめなさい!」

 カランに軽々と小脇に抱えられてしまった。

「おい、やめろ、離せ!!」

 ジタバタと抵抗するクレナに対してカランはそっと囁いた。


「そんな悲しいこと、言うもんじゃありませんよ」

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