第16話 嫌われ王女の一生。

「これは『呪い』よ。そして、私は『呪い』をかけられた『悪魔』……」


 カランの上に覆いかぶさるように顔を近づけたクレナは淡々とした口調で言った。それはどこか悲しげで、そして、何かを諦めたような響き。


 クレナの瞳がカランのすぐ近くで瞬く。

 青色ではない瞳。

 赤色でもない瞳。


 静謐な樹海を思わせる深いだった。


「青き御旗を掲げるこの国の王女がこんな瞳の色、縁起でもないでしょ?」


 ***


 9年前、ピエモンドは祝賀ムードに包まれていた。

 ダリア皇太子夫人の懐妊の知らせが王宮より発表されたのだ。

 長い間、子宝に恵まれない皇太子夫妻のことを気にかけていた国民は大いに歓喜した。

 そして、数ヶ月後、出産は無事に成功する。

 しばらくしてから、王宮にて貴族たちを集めた王女の謁見の場が設けられる。

 その場で、各地から集まった貴族たちはその青い瞳を見開いて言葉を失う。


 皇太子が王位を継承した後、王位継承権第一位になるはずの王女。

 青眼種アズーロの民の上に君臨するダグマーズ家の王女。


 その子の瞳が歴史上類を見ない緑色だったから。


 騒然とする貴族たちの声が会場にこだまする中で、何も知らない赤ん坊は無邪気に笑っていたという。

 ざわめく貴族たちを抑えたのは国王だった。

「王女クレナ・ダグマーズは神に選ばれし子である。この瞳の色はその証。必ずやこのアリシアに平和と繁栄をもたらすであろう」

 その厳かな宣言に群衆は口をつぐみ、一拍遅れて会場は王女の生誕とアリシアの繁栄を予期した喝采の渦に包まれた。


 この国で国王は絶対だ。


 少なくとも、建前上は。


 クレナは成長する過程で、その瞳の色に眉をひそめる者が少なくないのを知った。

 ある意味では当然のことかもしれない。

 ある日突然、赤眼の異邦人に理不尽な侵略を受けた記憶を青眼種アズーロから消し去るには、70年という時間はあまりに短すぎた。自分たちと同じ色の瞳を見て安心し、異なる色の瞳を(主に処刑場で)見て憎悪の気持ちを抱くことは自然なことだ。

 そんな彼らが青眼種アズーロの代表たるダグマーズ家の王女の瞳を見て、何も感じるな、と言う方がおかしい。

 それでも、国王の宣言のおかげでクレナは特に大きな問題もなく過ごしていた


 昨年までは……。


 ***


「去年ね。私に弟ができた。一度も会ったことはないけどね」


 クレナはニコリと笑う。


「そうなると、私は邪魔なの」


 皇太子夫妻の第二子の誕生は二重の意味でアリシア王国民を歓喜させた。一つ目は単純に新しい王子の生誕を祝うもの。そして、もう一つは王子の瞳が青色だったことを喜ぶもの。


 皇太子が国王になった後、王子が皇太子になるべきではないか?


 当然のようにそんな世論が生まれる。そして、それは王宮内も同じだった。


「結局、国王陛下を始め、ダグマーズの人間は私のことを『神に選ばれた子』なんて思ってなかった。不良品を無理やり王座に据えるための方便でしかなかったの」


 皇太子夫妻の間に第二子が誕生することが絶望的という予想と、王家の血脈を絶やしてはならないという理想の上に作られた方便。

 しかし、が誕生した今、それは重い足枷でしかなくて……。


「一度『神に選ばれた』と言った手前、私を差し置いて弟を優遇すれば王家の沽券に関わる。そこで、王宮の人たちは考えた。『静養先で悪い奴らに襲われたことにしよう』って」


 カランにまたがったまま、クレナは静かに問う。


「みんなに忌み嫌われて……私が呪われた『悪魔』じゃないなら、どうしてこんなに嫌われなくちゃいけないの?」


 クレナの問いにカランは何も答えない。武骨な鉄の兜は廐舎の天井を見つめたまま。


「クレナ様……」


 兜から漏れたのは困り切ったつぶやきだけで、そして…………


 突然クレナを押しのけて立ち上がった。あまりに唐突だったのでクレナはなすすべもなく干し草の山に放り出される。


「ちょっと、何……」


 草の中から顔を覗かせながらクレナはカランを見やる。そして、言葉を失う。

 鎧の騎士は剣を抜いていた。

 廐舎に差し込む陽光を受けてギラリと怪しく光る白銀の刃。

 それが、今、クレナの頭上に振り上げられて……。



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