第5話 白っぽい水の底から。

 「きゃぁぁ!」

 とっさに体の前を隠すクレナの前で、騎士は湯船の真ん中で恭しく片膝をついた。

「お会いできて光栄です。カラン・キェシロフスキと申します」

 ……こんな光栄じゃない出会いはそうないと思う。

 本日2度目の異常事態。パニックになるのを懸命に抑えてクレナは頭を働かせた。

 新入りだか女だか知らないが、風呂の中に潜伏しているのは確実に危ない大人だ。

(しかも……)

チラリと動かしたクレナの視線の先には、騎士の腰に下げられた武骨な剣。対する自分はあられもない姿。隙を見つけて一刻も早く離脱しなくては。

 クレナは毅然と語りかけた。失敗は一回とて許されない。

「初めまして、まあ、先ほども会ったけど、キェロフキ……」

「キェシロフスキです」

 コホン、と空咳。今のはノーカウント。

「それで、あなたはそこで何を?」

「はい、クレナ様を悪漢の手から守るべく身辺警護を」

 いや、あなたが一番の悪漢候補!

 喉まで出かかった言葉を必死に抑えた。取り乱してはならない。

「そう」とたおやかに微笑む。

「でも、湯の中での待機は大変だったでしょう?」

「ええ、まあ、兜の中に熱湯が入ってきて3回ほど死にかけました」

 兜とって!

 そもそも、やらないで!!

「でも」とカランは続ける。

「クレナ様の生活をそっと見守るのも私の役目。これしきの苦労何でもありませんよ…………ゲホっ!」

「いや、今、むせたよね!」と叫びたいのをクレナは何とかこらえた。

「えっと、その忠信は大変見事です。しかし、今の私にはそれに見合う褒美を与えることが出来ません。どうか、自分の身を危険に晒すような真似はしないでください」

「いえいえ」とカラン。

「クレナ様と一緒にお風呂に入れることが最高のご褒美ですから!」

 は?

 時が止まったかのような静寂。そして、

「もう、無理!!」

 クレナは勢いよく湯船から飛び出した。もう隙とか言ってる場合ではない。

 洗い場を一所懸命に駆け抜ける。

 その時、


 ツルっ!


「あっ」

 口から出たのは間の抜けた声。そうだ、洗い場は水浸しだったんだ……。

 鏡、たらい、ステンドグラス、天井、と景色がゆっくり回っていく。

「お風呂場で走っちゃいけません!」

 昔、セレンに怖い顔で叱られたのを思い出した。ごめんなさい。

 衝撃に備えてぎゅっと目をつぶる。

 頭が割れるような衝撃……はなかった。

 代わりにポスッと何かに体が受け止められる。

 恐々と目を開けてギョッとした。あまりに近くに鉄の兜があったから。

「よかった」とカランが安堵のため息。

 クレナは彼女に抱きかかえられていた。まるで、絵本の中のお姫様が王子様にされるように。

 もっとも、現在、王子様はびしょ濡れだし、お姫様にいたっては全裸だが。

「は、離せ!こ、この変態!」

 なりふり構わずポカポカと鎧を叩く。すると、兜の奥からククっと笑い声。

「その心配はございませんよ、クレナ様」

「どういうことよ?」

「私、女ですから」

 クレナは渾身の力で叫んだ。

「だから、そういう問題じゃない!!」

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