第6話 彼女の胸で輝く例のあれ。

「それはまた、ふふ、大変でしたね」

「セレン、笑い事じゃないから」

 風呂上がり。食堂の椅子にちょこんと腰掛けたクレナはセレンにタオルで髪を乾かしてもらいながら、ふくれっ面。

 トントンと扉がノックされる。クレナとセレンがそちらを見ると、

「失礼します」

 と、メイドが1人入ってきた。クレナの姿に気づくと意外そうな顔をした後、慌てて頭を下げた。

「お久しぶりです。おかわりはございませんか?」

「ああ、うん」とクレナは少し気後れしながら応じた。

「あら、もう、終わったの?」

 セレンはクレナの髪を包むように優しく拭きながらメイドに尋ねる。

「ええ、二階に搬入する分は全て」

「早かったわね」

「タミルさんが10人分の働きをしましたから」

「なるほど」

 セレンは口に手を当てておかしそうに笑った。

「ご苦労様。疲れたでしょう?しばらく休憩していいわ」

「はい」と一礼してメイドは食堂を後にした。

「ねえ」

 クレナは首をぐっと曲げて天井を見上げる。そこには逆さまのセレンの顔。

「『搬入』ってなに?」

 引っ越しの荷物は随分前に全て運び終えている。今更何を運び込んでいるのだろう?

「非常時の備えです。このお屋敷も、だいぶ人が減ってしまいましたから」

 それを聞いてクレナは悲しそうに俯いた。そんな彼女の頭をセレンはポンポンとタオル越しにたたく。大丈夫ですよ、と安心させるように。

「特に警備要員の減少が著しく、現在はあの方しかいらっしゃいません。クレナ様が仲良くしてくださるとセレンは嬉しいです」

 あの方、とはカランのことだろう。途端にクレナは眉をひそめる。

「仲良くって、あんな変態、絶対に無理よ!」

「変態かどうかはさておき、あの方、ピエモンドでも有名な腕の立つ騎士だとか」

 ふん、と腕を組んでクレナはそっぽを向く。

「いくら優秀な騎士でも、主従をわきまえない騎士なんて論外よ。もし、あの騎士を置くなら、しっかり教育しなさい、セレン従者長!」

「それがですね〜」

 セレンは何がおかしいのかフフっと微笑む。

「その命令、セレンはお受けできないのですよ」

「えっ?」

「あの方、胸に金色の徽章きしょうを着けていましたよね?」

 クレナは記憶を辿る。そういえば確かに付いていた。他に特徴がありすぎて目立たなかったが。

 …………って、あ!

!!」

 昔はあれほど見たのに。なぜ今まで気がつかなかったのだろう?

「そうです。あの方は立派な貴族です。しかも、徽章に刻まれた星の数は3つ」

 クレナはハッとする。驚愕で思わず声が震えた。

「は、伯爵!?」

 伯爵といえば貴族の中でも上位に属する。

 国政の最高決定機関である御前会議でも、子爵や男爵が飾り人形に過ぎないのに対して伯爵は国王に意見することも可能。軍人であれば、数万人規模を率いる師団長になることも可能。

 何より、伯爵ともなればダエマ邸のような『城郭風』の館ではなく、本物の城に住むことだってできる。

「セレンが教育できるようなお方ではないでしょう?」

「確かに……」

 カランが本当に伯爵ならセレンは教育などもってのほか。むしろ、こき使われる立場だ。

「でも、クレナ様は違いますよね。クレナ様はこのお屋敷の中で唯一伯爵にだって堂々とものを言えるお立場ですから」

 セレンはいたずらっ子のように無邪気に笑った。

「引きこもっている場合じゃないですね。クレナ・ダグマーズ



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