第4話 風呂、逃げ出した後。
「私の部屋を完全武装で覗き込んでた!私の命を狙いに来た暗殺者よ。絶対にそう!」
一階玄関ホールの階段脇でクレナは必死に事の顛末を語る。
一方で、セレンはニコニコと満面の笑顔。クレナは怪訝そうにその顔を覗き込む。
「何?」
「いや〜、クレナ様の姿を久しぶりに見られて嬉しいなー、と」
「え、そっか…………って、そんな事言ってる場合じゃない!」
クレナの叱責にハッとしたのか、慌てて引き締まった表情を作るセレン。
「ところで、クレナ様、その暗サチュ者、失礼、暗殺者は……」
「わざと?」
「……」
「ねぇ、わざとでしょ!」
クレナの追求を華麗にスルー。
「その暗殺者の鎧には、翼を広げたカラスが描かれていたのでは?」
クレナは少し考える。
「……そうね。あったわ」
木にしがみついた騎士が手を振る時にちらりと見えた。
その答えに従者長は満足げにうなづいた。
「でしたら、問題ありません」
「何でよ?」
「その方は我が屋敷で新しく仕える事になった騎士だからです。暗殺者ではありませんからご心配なく」
いや、ちょっと待って!
「えっと、その騎士が私の部屋を覗き込むのは問題では?」
「あっ、それも大丈夫です。あの方は女性ですから」
「なるほど、そっか、女性なら安心だよね〜…………いや、そういう問題!?」
しかし、まあ、とクレナは内心では矛を納める。とりあえず、殺される心配はないらしい。素行不良も
それよりも、早く部屋に戻りたい。
「セレン従者長、新入りをしっかりと教育するように!」
せめて主人らしい言葉を残して、
その足が階段を踏んだ時、クレナの細い腕がむんずと掴まれた。
「へ?」
振り返ると、セレンが口元を緩めている。
「クレナ様、行くべきところがございますよね?」
ザパー。
たらい一杯に張られた湯がクレナの全身をつたう。
水流はうなじ、お腹、太ももと勢いよく駆け降りて、床で弾けてしぶきが舞う。
クレナの長い髪から落ちた雫が白い柔肌を優しく撫でるようにしたたった。
アリシア王国には豊富な温泉資源がある。貴族や王族の各邸宅には内風呂が完備。ダエマ邸にもちゃんとある。
かけ湯を終えたクレナは湯船に向かう。
水泳ができそうな広々した浴槽。もうもうと立ちこめる湯気は天井近くのステンドグラスによって七色に輝き、美しい。
クレナは乳白色の湯にそおっと足をのばす。
「……ひゃあ!」
熱かった。
グッとこらえてソロソロと足を沈めていく。彼女の足はすぐにミルクのような湯の中へ見えなくなる。
胸を抱くように体の前で手を組んでゆっくり、ゆっくり上半身を沈める。
ザァー、と浴槽から大波のように湯が
その音を聞きながら、縮こめていた体を徐々にほどいてく。全身が温かなミルクに包まれる感覚。表情がゆるゆると緩んだ。
「はぁ〜」
籠城中もメイドに見つからないよう夜中にこっそり風呂に入っていた。(お湯はとっくに冷めきっていたけれど)
だから、今入る必要もないのに、と渋々入ったのだが、
「ここは、私の世界の飛び地にしよ〜」
湯の気持ちよさに目を細める。
溶けるように口まで浸かってしまう。
ブクブクブク。
水泡の弾ける音が浴室に反響。
あ、これ、楽しい。
気分を良くして、昔習った歌に合わせてブクブクする。
リズムにあわせて体を揺すると浴槽に張られた湯がちゃぷんちゃぷんと溢れた。
「あれっ?」
おかしい、と思ったのは三、四曲目の中盤だった。
何でこんなにいっぱい湯が入ってるんだろう?
湯が溢れすぎると洗い場が滑りやすくなって危ない。メイドたちはいつも気をつけて湯を張っている。
だが、今は小さなクレナ一人で大量に溢れている。
訝しげな視線を水面に落とす。
その時、
「何!?」
足が何かに触れた。
……何かが湯の中にいる?
突然、波打つ水面。それは段々と大きく、大きく……
そして、一糸まとわぬクレナの前にそれは水底から神話の怪物のごとく現れた。
頭のてっぺんから足先まで、全てを燻し銀の鎧で覆った騎士が。
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