第3話 七日で終わる引き籠もり生活。

 クレナが籠城を初めて今日で七日目だった。

 籠城先は2階の南向きの書斎。

 壁に備え付けの本棚にズラリと並べられた古今の書籍。そこから抜き取った本をサイドテーブルに山積みにしている。

 クレナはその脇に置かれたフカフカのソファに寝転がり、ずっと読書。

 本はいい。

 表紙を一度めくれば、すぐに別世界へ飛べる。

 そこでは、魔法を使うことができる。

 ドラゴンに乗って空を飛べる。

 かっこい王子様とダンスができる。

 ユニコーンも、地底世界も、温かい家族も、皆確かに存在する。

 広い屋敷のたった一室にこもりながら、もっと広い世界を見た。


 …………クレナを傷つけたりしない世界を。


「クレナ様、もう7日ですよ……」

 自分と同年代の主人公が活躍する小説を読んでいた時、扉がノックされた。

 セレンだ。

「クレナ様!」

 やれやれと、クレナはしおりを挟んで立ち上がった。テーブル上の本の大山脈脇に置かれた『対セレン兵器』を手に取る。

「 い 」「 や 」「 だ 」「 ! 」

 声を張り上げながら扉の隙間にセット完了。起動。

 少しして、強がるセレンの声とあえなく敗走する足音。

 クレナはふふ、と満足そうに笑うと、手を腰にあて、扉に向かって高らかに宣言。

何人なんぴとたりとも私の世界は侵せないのだ!」


 物心つく前から一緒にいるセレンの好き嫌いは大体把握している。昆虫が大の苦手だということも。

 それを活かして作ったのが「対セレン兵器」。材料は引っ越す前から持っていたゼンマイ式のおもちゃと紙。

 まさか、ここまでうまくいくとは!

 軽やかな足取りでソファにダイブ。

 白いカーテンから木漏れ日のようにふりそそぐ光がポカポカと気持ちいい。

「ここが私の世界!」

 幸せそうにソファの上をコロコロと転がる幼い少女。

 ニコニコとした彼女の表情に、ほんの一瞬、影が差した。

「……ここだけ、か」

 その時、彼女にそそがれた陽光がフッと隠れた。

 何だろう、と窓に視線を向ける。

 途端に表情が凍りついた。

 ここは二階だ。一階の天井が高いから地上からの距離は相当なものになる。

 それなのに……。

 書斎の窓のすぐそば、庭に生える背の高い一本杉。

 その太い幹にしがみついていたのだ。

 全身に鉄の甲冑プレートアーマーをまとって書斎の中を覗き込む騎士が!

「あっ、わ……」

 思考が停止して、口をパクパクさせていると、騎士はクレナが自分のことを見ていると気づいた様子。

 ……ブンブンと元気よく手を振ってきた。

 状況の異常さにクレナの判断能力がやっと追いつく。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴を上げて駆け出した。

 七日の引き籠もり生活はあっさりと終焉を迎えた。


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