此の世で最も美しい自殺

　紅代香蓮は目覚めると馬車の中にいた。その体は人間のものではなく、隷従と強奪を課せられた亜人のものだった。抗うための力はなく、その肢体には欲望が刻み込まれていく。此の世に顕現した地獄の釜へと突き落とされた少女の末路は、陰惨な死でしかない。レン・スフラールとよばれる精霊種の少女として、誰の記憶に残されることもなく消えること。それだけが香蓮に望まれていることだった。
　だが、生への執着が、世界への憎しみが、神への怒りが香蓮を突き動かす。
　英雄は現れず、神からは見放され、朽ち果てていく。そんな結末は赦さない。
　英雄がいないならば、神から愛されないならば、彼女自身が【英雄】になってしまえばいい。
　これは、無力な精霊種の少女が紡ぎだす【英雄への渇望譚】である。