此の世で最も美しい自殺
亜峰ヒロ
赤髪の精霊種
現実へ
夢を視ることは苦しい。恐怖の真髄、恐怖の体現こそが夢だった。
少女の夢は常に悪い方向へと転落する。夢とは自由そのものだ。夢こそが自由であらねばならない。描かれるべきはあらゆる苦難を容易く乗り越える
故に巻き戻る。敗北の直前へと時を巻き戻す。
未来を知っている少女は先程の敗北を乗り越え、そして次の挫折を迎える。
手を伸ばしさえすれば掴めるところに脱却の糸口は存在するというのに、あまりにも盲目なばかりに、無知なばかりに掴めない。それは暗闇の中で物を探す感覚に似ていた。
そして、疲弊しきった末に目を覚ます。今もまた、少女は現実へと立ち返った。
意識が覚醒したのとは僅かに違う。魂を構成する骨子が挿げ替えられ、入眠を果たしたときに収められていた器から別の器へと入れ替えられたような歪な覚醒だ。
瞬きを数度繰り返す。脳裏に描かれていた光景と、認識した光景が食い違っていることに首を傾げる。掠れた意識を鮮明にしようと努めながら、少女はゆったりと周囲を観察する。視たままの光景を言葉にすると、少女は檻の中にいた。背中を預けるものは錆びついた鉄の棒であり、足元はささくれだった板。檻には亜麻色の布がかけられ、外の様子は窺えない。
腰を浮かして立ち上がろうとして、少女は自分が拘束されていることに気付いた。骨に皮が張り付いただけのようなみすぼらしい左足には足枷が填められ、枷から伸びる鎖は鉄球に繋がれている。少女は立ち上がり、足枷の重量に喘ぎながら檻の中を歩く。
自分が歩いているためではない。檻は小刻みに、時に大きく跳ね上がるように揺れていた。外からは蹄の音と獣の嘶く声、車輪が慌ただしく廻る音が聞こえてくる。
(馬車? 馬車の中なの?)
あまりにも現実味のない乗り物に押し込められていることに不信感を募らせながら、少女は檻を囲んでいる布を捲り上げた。その向こうにも檻は続いていて、少女がいるところに比べて少しだけ広い空間には、大勢の人間が詰め込まれていた。膝を限界まで抱え込むことで、彼女達は辛うじて腰を下ろせているようだった。
恐ろしいまでに夜目が利いているのか、馬車の中に灯りはないけれど、少女の双眸は檻の向こうの様子を仔細にわたり認めることができた。人影はみな女であり、同じような姿格好をしていた。長方形の布に頭を通すための穴を開け、体の左右数ヶ所で綴じただけの粗末な服を着せられ、少女と同じように足枷を填められていた。
その姿に覇気はなく、一様に俯き、時折すすり泣きの声が響くだけだった。
つと、少女の目は彼女達のとある特徴に注がれた。彼女達がみな冷めるような金髪の持ち主であることも珍しかったが、それよりも、その特徴は人間のものだというにはあまりにも異質で、異端な形をしていた。人間の耳を楕円形と表現するならば、彼女達の耳は鋭角三角形だった。生えている位置は同じでも、後頭部へと少し斜めに傾いて、尖っている。
少女は思わず後退る。伸ばしっ放しの前髪が目にかかり、自分の髪が透き通るような
少女はしばらく硬直したところで自分の手を持ち上げる。触れた先、側頭部に存在する耳の形を手のひら全体で確かめて、胸が詰まるような思いをした。
少女の耳もまた、彼女達と同じように尖っていたのだ。
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