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 窓から代わり映えのしない景色を眺める。機械の唸りを背景音楽に。

 車内の空気は、とてもいい雰囲気とはいえない。誰もかれも押し黙っているからだ。

 自分が原因であることは、勿論分かっている。

 しかし、後ろで不貞腐れている副官の機嫌をとろうとは、到底思えなかった。

 

「――の? ――どの?」


 勝手についてきただけではなく、咎めれば駄々をこねる始末。

 出発前にはっきり伝えたはずなのに、カナタは物資に紛れて――


「中尉殿、少しよろしいでしょうか?」


 隣から声がかかった。オレは流れゆく緑から視線を外す。いい加減に見飽きていたところだ。

 新兵の彼女には悪いことをした。閉鎖空間で沈黙を強いられていたのだ。さぞ心労が溜まっていることだろう。

 謝意も込めながら、喉を鳴らす。答えられるものであれば、極力なんでも話せるように。


「ポプリでいい。何か聞きたいことでも?」

「はい、ポプリ中尉。中尉は常にお一人で任務に当たっていると聞いていました。その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 会話の途中であっても、決して前方から離れないその目線に、彼女の気質を見た気がした。

 下手な軍人よりも軍人らしい。彼女のような女性は稀だ。

 魔術の才がある者は社交界せんじょうに足をかけ、なくとも彼女達が飢えることはない。

 存在するだけで、女性が優位なこのご時世。男の集団に身を置く者は数少ないのだ。


「難しい話じゃない――」


 向けられる二つの意識を感じながら、言葉を続ける。


「他の小隊とオレの任務は別物だからだ」

「別……だけど、出発前には哨戒任務って言ってたよな?」


 息を吹き返したカナタが声をあげた。

 それを察したのだろう、運転手が己の仕事に集中したのが分かる。

 彼女には、後で礼を言うべきだな。


「表向きは、そうだ。しかし、オレが今までやってきたのは敵地の偵察。単独の方が都合のいいことは分かるな」


 言葉を呑んだ二通りの吐息に、オレは目をつぶる。理解が進んでいるようで何よりだ。

 共和国と帝国の間には不可侵条約が結ばれている。

 戦争の火種であることは明らか、取り扱いには注意を要する。


「ッ中尉! 前方に黒煙が!」

「――!?」

「ハァっ? 嘘だろ!?」


 緊迫した声に目を見開く。

 前方を注視していた彼女だから、いち早く視認できたのだろう。

 距離はまだ離れているが、確かにその先には黒煙があった。


「速度を上げられるか? この先には村が存在する」

「はいっ問題はありません!」


 前線基地をでてから、まだ一時間と経っていない。帝国領まで十キロ以上あるはずだ。

 オレは逸る気持ちを抑える。今回の任務は一筋縄ではいかない気が、どこかでした。


「ここまででいい。最悪の事態を想定して、君はここから離れるべきだ」


 車を急停止させた運転手が、信じられないとばかりにこちらを見た。


「しかし、中尉――」

「いいっていいって、エミリちゃん。ポプリが危ないって言ってるんだから、そうしなよ」


 運転手――エミリの言葉を待たずに車を降りる。

 開け放たれたドアと装填音に眉をしかめた。見れば、官製の小銃を片手に首を鳴らすカナタと目があう。

 思わず舌打ちをしかける。その瞳には、ついていくと書いてあった。


「毎度毎度置いてけぼりはまっぴらご――」

「【アレク】、【ソニン】」

「――あっおい!?」


 ついてくるなとは求めない。オレにそんな資格はないから。しかし、ついてこさせるつもりもない。

 常人には耐えられない速度でオレは駆ける。この速さなら黒煙の下まですぐだ。

 あり得る訳がない。帝国は現在、連合や王国にかかり切りのはず。

 いかに強大な軍事国家とはいえ、三つの戦場を抱えるのは愚策。

 それは万国共通の認識だ。それでも、その常識を信じられない自分が居るのも、また事実。

 

「違う」


 そうじゃないだろ。

 腰の魔剣が熱を持ち始めていた。

 軍人の考え方は捨てろ。

 帝国が攻撃をしない訳がないことを、俺は、身をもって知っているだろう!


「…………」


 だから、驚きはしなかった。辿り着いた先で、見覚えのある景色を見ても。


「――鉄と、硝煙……戦争の臭いだ…………」

「……カナタ?」


 むしろ彼が追いついてきたことに驚く。確かに彼は勇者だが、一般的な――

 思考がまとまらないオレを他所に、カナタが歩みを進める。

 村だった地獄の中へ、彼は足を踏み入れた。

 オレも遅れながら、無数の死体に歩み寄る。ない。ない。ない――


「ポプリッこの人、まだ生きてるぞ!」


 致命傷を見て回るオレのもとへ、カナタの声が届く。

 血だまりの中、彼は血に塗れることも厭わずに、村の男を抱き上げていた。

 見つけた。微かな吐息を漏らす男の胸に走る、一筋の傷を。


「手当を! 早くしないとこの人も――」


 戦慄く口唇を指一つで黙らせる。村人の唇が動いていた。


「聴いている。だから、もっとはっきり……」

「――まと……子供……奴らに――」


 肩を震わせるカナタは放っておいて、オレは男に集中した。僅かな動きも見逃しはしない。

 揃って義憤に駆られるべきではない。今必要なのは、詳細な情報だ。

 村の娘達も、と続く言葉を遮る。


「奴らは、どこに行った?」

「おいっ――!?」


 喚くカナタを押しやる。邪魔をするな、彼は今、命を燃やしているんだ。


「聖騎士は――」

「帝国から、きた……村の――にしに…………頼む」

「承知した――あとは任せて、安らかに眠れ」


 オレの言葉が届いたのか、男の眉間から力が抜ける。

 それを見届けてオレは剣を振るう。

 重量物が地面を打つ音。爆ぜる灯りに照らされて、男であったものがぬらりと光る。


「オマエッ!!!」


 赤く染まった両手が眼前に伸びてきた。それを払えば、カナタは体勢を崩し地面に膝を着いた。

 見下ろした背中は、真っ赤に燃えている。


「なんで……なんで殺した!? まだあの人は息がっ――」

「そこを退け……これは命令だ」


 立ち塞がるカナタをねめつけた。彼は血まみれの両手を広げ、反抗の姿勢を見せる。

 邪魔だ。何故、理解出来ない。ここで感傷に浸っている暇はない。それは――


「――お前も知っているだろう!」

「――ッ!」


 森の静寂を引き裂く悲鳴。

 カナタは息を呑み、オレは声のもとへと首を巡らす。

 最早、言葉はなく、地を蹴る音が二つ、惨状を後にした。西へ、と。

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