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 砲弾が雨あられと降り注ぐ中、襲撃を知らせていた警報が突如、こと切れたように沈黙する。

 

「ポプリッこれからどうする!?」


 前を走るスイート。彼が発したのは指示を仰ぐ声。

 彼の気遣いにオレは一時呼吸を忘れる。

 ここに至るまで、彼らに具体的な話をしていなかった。

 オレ達は今、砲撃の嵐から遠ざかるために走っていた。イザベラの反応とは真逆の方向にだ。

 仲間の視線がオレに集まる。


「まずは部隊の集結が第一目標だ。最悪でもマーチと合流しなくては……」


 後方から地響きが伝わってくる。今や基地内は蜂の巣を突いたような有様だ。

 スイートがオレの言葉に頷く。彼の視線は、その後のことも聴かせろと暗に語っていた。

 左胸の熱を服の上から握り締める。


「これからオレ達は反転し、シェフを取り戻すため攻勢に移る」

「はぁっ!? どういうッシェフが帝国に!? なぜ――」

「説明は後だ。それより先にすることがある……曹長」

「ここに」


 音もなく現れた女性下士官に、スイート達が驚く。

 日頃の騒がしさを何処かに置いてきた彼女は、一切物音をたてずに走っていた。


「オレ達はこれから戦闘地帯へと向かう。部隊の参集、その伝達を任せた。それが終わり次第、うちの男どもと――」

「彼らは既に避難民の誘導と護衛にあたっています」

「そうか……武装及び戦闘行為の制限を解除する。カナタを連れて行け」

「ハッ!」

「――ちょっ!?」


 信じられないとばかりに振り返ったカナタが、瞬時に移動した曹長と共に視界から姿を消す。

 足を止めると、同じく立ち止まったスイートが、半眼で睨んできた。


「聞いてないぞ。お前のところの隊員は魔術が使えなかったんじゃないか?」

「彼女達は中央の肝いりだ。シェフとオレしか知らないことだが、聞きたいか?」


 問答を打ち切るように、彼は両手を挙げた。

 詳しく話すつもりもなかったオレはそれを見て、作業を開始する。


「止めておく……俺はお前と違って、余生を穏やかに過ごしたいんだ」

「知りたい! ぽーっ、めーに、めーに教えて!?」

「あー、メロディ? この世には知らない方がいいこともあるんだぞ?」

「むー!」


 二人の会話を耳にしながら、野戦服の留め具を確認する。魔剣の選定も同時に済ませた。

 魔力の発露に気付いた彼らと視線を合わせ、唇を湿らせる。


「用意はいいか――」

「出来てるに決まってるだろ? 俺達はこの身一つで十分なんだからな」

「めーも! めーも!」

「それもそうか。なら、行こう【イリス】、【ソニン】……【アレク】」


 イリスを背面の剣帯に差してから、空いた手でアレクを引き抜く。

 前方は度重なる砲火で煙っていた。

 まずはあそこを越えなければならない。


「ついてこい――」


 音のない砲撃が基地を襲い、地面を捲り上げる。

 他の戦場では見聞きしたことのない攻撃。シェフが見たら、無粋極まりないと鼻白むことだろう。

 砲弾がその牙を突き立てんと、頭上から迫る。引き裂かれる空気が、悲鳴の和音を奏でていた。


「【舞い散れッイリス】!」


 後方で鉄と炎の花弁が咲き誇る。轟音で麻痺しかけた聴覚に届く、細かな切削音。

 視線を切れば、基地内の至る所から黒煙が顔を出していた。

 弾雨の中に榴弾が混じり始めている。敵が攻撃の指針を変えたのだ。

 消しきることの出来ない一抹の不安が、頭の中で燻っている。

 熱気を孕んだ空気が喉を焦がす。度重なる爆炎が視界を焼いた。

 不図、腰の重りにが気になり、背面の魔剣を確認する。

 イリスは本来の姿を八割方取り戻していた。

 射程距離の限界まで手を伸ばしていたからか、彼女の損耗は常よりも激しい。

 一旦墓地へ戻し、補修に専念させるべきだろうか――いや、後のことを考えると、それは厳しい。

 魔剣の柄を握り、魔力を流し込む。

 酷使して申し訳ないが、彼女には今一度働いてもらわなければ――


「ポプリッ!!」

「ッ!?」


 喚起の声に、浅はかな思考から顔を上げる。

 随分とゆっくりな世界で、迫りくる砲弾の、そのざらりとした弾頭に、オレは目を奪われた。

 気付いた時にはもう遅い。起動しているイリスの破片は二割に満たないのだ。

 このままでは、完全に防ぐことが出来ない――

 まえ、と口から出した魔力は、目的を果たす前に立ち消えとなった。

 音もなく咲き、視界を染める火炎。

 一枚のガラスを挟んでみるような、その光景。

 身構えていたオレが答えを導き出す前に、回答が行軍の音を響かせてやってきた。


「……間に合ったようで安心した」


 見上げるほどの大男、彼が引き連れる第一、第二小隊の面々は、顔に煤一つ付けていない。

 小動こゆるぎもしない鈍色を見返し、詰めていた息を吐き出す。


「助かった。礼を言わせてくれ、マーチ」

「いやー一時は死ぬかと思ったぜ……ほんといい仕事するよなマーチは」

「めーは大丈夫だよ! ぽーといっしょだもん!」


 戦場から隔離された空間に、弛緩した空気が流れる。

 おかげで気を引き締め直すことが出来た。

 スイートが第二小隊の編成を進める中、戦場を睥睨する鈍色がオレの横に並ぶ。


「話はお前のところの少女から聞いている。シェフは今何処に」

「西だ。胸の刻印はこの先を指し示している」

「……やはり、これと無関係とはいかないのだろうな」


 オレが頷きを返す前に、彼は後方を見やりながら魔力の流れを断ち切った。

 たちどころに周囲は喧噪で満たされる。

 マーチの視線を追えば、更に、更に先へと、後方を耕し続ける弾雨が見えた。

 騒然とする世界に、金属が擦れる駆動音が差し込まれる。

 スイートがそれを聞いて笑みを浮かべた。飄々とした日頃の態度からは考えられないほど、獰猛なそれ。

 部隊の編成を終えていた彼は、身体に魔力を漲らせる。


「さぁて、ここは俺達に任せてくれるんだろう副官殿? そろそろ働かないと、穀潰しの謗りを受けかねないからな」

「gU ru ru ru――」


 臨戦態勢のメロディに先んじて、彼が歩き出す。粉煙の向こう、敵機甲部隊と思われる影の元へと。

 

「余力は残しておいてくれ、長引く可能性がある」

「分かってる。パッと終わらせるさ、こういうのは得意なんだ。綺麗なものを乱すのは、な」


 こちらを振り返りもせずにスイートが片手をあげる。それを機に第二小隊が方々へと散開した。

 彼の姿が煙に紛れた途端、様々な光が影を色濃くさせる。

 悲鳴、爆裂、瓦解。

 瞬く間に、血と鉄の香りが空間を支配する。

 特に合図は決めていなかったが、オレとマーチの足音が重なった。

 それに第一小隊のものが加わる。


「奴らが何に手を出したのか、思い知らせなければな」


 一際大きな靴音が、戦場に響き渡った。

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