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 風すらも鳴りを潜める沈黙の中、奏汰の無遠慮な声が辺りに響く。

 むっと立ち込める命の残り香は、彼の言葉を良く通した。

 不信感が限界を迎えたのか、奏汰が立ち竦むポプリへ歩み寄る。足場の悪さなどものともせずに。

 焦点の合っていないポプリの瞳が揺れた。


「おい――」


 奏汰の腕がポプリの肩へとのびる。

 不意に彼の声が、止まった。奏汰が己の腕を掴む青年を睨みつける。


「……これ以上は、止してくれないか。少年」

「…………退けよ、色男」


 それは出来ない相談だ、と青年は掴む力を強めて目を伏せる。

 削れ、砕けるような不明瞭な音が、どこで鳴った。

 奏汰の瞳が、スイートやマーチ、周囲の魔術師――闘うことの出来る者達を見回し、信じられないとばかりに感情を爆発させる。


「なんなんだよ……何なんだよお前等ッ! おかしいだろ、どこからどうみても! 今のアイツはッいつも以上にぶっ壊れてるだろうが!」


 なのにお前等は――と、並べたてられる言葉。

 それは怒りから来るものなのか。

 今や泥濘となりかけている血の沼に、新たな雫がぽたりと、落ちた。

 静まり返った森には、奏汰の怒声のみが響き渡る。


「なんで何もしないんだ! 仲間なんだろ、なんで黙ってるんだッ!? 答えろよ! なぁ……なんで、俺を止めるんだよ、スイっ!?」


 スイートが吠える。奏汰の言葉を、血の滴る拳で乱暴に振り払って。


「お前に何が分かるッ!? たった一ヶ月しか居ないお前に、いったい何が――」


 彼は飄々とした空気を脱ぎ捨て、ただ、一人の男として気炎を上げた。

 スイートの襟元へと二つの腕がのびる。今度は奏汰が彼の言葉を堰き止めた。


「知ってるんだよ! 俺はッ! ああなった奴がどうなるか……嫌になる程、元の世界で見てきたからなァ!」

「ッ!」


 奏汰の感情に触れて、スイートが目を見開く。

 沈黙が更に深く、その香りを色濃くしていく。

 まるで辺りにいる全てのものが、言葉の続きを待っているかのように。

 奏汰が発したものではない声が、そこに紛れ込んだ。

 すっと短く空気を吸い込む、理解に至った者の音。


「――かのじょがいないと、せいけんが、とおのく――」


 ぽつり、生まれたうわ言の下へ視線が殺到する。

 そして、彼らは見た。

 爆発的に生まれ、集う、黒い魔力。

 コマ送りのように、ポプリの手へと収まったアレクとソニン。

 彼が重用する、身体強化の願いをその身に宿した二振りの魔剣。

 ポプリが意図することは、目に見えて明らかだった。


「あっおい!? 待て――ポプリッ!」


 その場の誰よりも早く動いたのは、奏汰だった。

 二人の距離は成人男性の三歩分。

 彼は体勢が崩れるのもお構いなしに、めいっぱい手をのばしてその差を何とか埋めようとする。

 しかし、残る僅かな差が埋まることはなかった。

 奏汰の目に、前傾していくポプリの背中が映る。

 無慈悲にも迫りくる地面を目の前にして、その瞳がきつく歪んだ。

 感情が表出するかのように、強く。


「――ッ――」


 ポプリの爪先が地面を抉る。

 今まさに彼が駆け出そうという、その時。奏汰の身体に異常な速度で変化が起きた。

 瞬時に血走る黒茶の瞳。のたうつ太い血管が指先にまで至る。

 次の瞬間、彼の四肢からおびただしい量の魔力光が溢れだした。

 転びかけていた奏汰の手が地面を打つ。


「――だらっしゃぁぁぁああああ!!」


 どんっと大地から離れた彼の上体が、感情を推進力に滑空する。ポプリの膝裏へと目がけて。

 そして彼らは、ぬかるんだ地面で身を縺れさせた。

 鬱屈した雰囲気が吹き飛び、代わりに別種の緊張感が辺りに走る。


「嫌……だ、めだ。このままじゃ――こんなんじゃ……届かない」


 ぽつり、ぽつりと地面を這っていく声。

 自身がどこに向けて放たれたかも知らぬ声は、暫しの間低空を彷徨うと、跡形もなく霧散した。

 縋りつく重みすら引き摺るようにして、ポプリが地面を掻く。

 見ていられない、そんな空気が沈黙となって場に横たわった。

 だからだろうか、少年が愁眉を寄せる。

 奏汰の右手がポプリの肩へ、彼の視線は仰向けの男に注がれた。


「おいっ、おい!? どうしたんだよポプリッ! 情けない顔しやがって、嫌になるほど冷静な、いつものお前に早く戻れよ! なぁ!!」


 必死の呼びかけが森に木霊する。

 薄れていく声に反比例して、諦めともとれる無音が戻ってくる。

 それでも、と奏汰が再び声を出そうとした、その時。

 ポプリの瞳に光が戻った。


「ぽぷ――」

「邪魔だ、オレにはやらなきゃならないことがある」


 奏汰の声を、温度のない言葉が押し退ける。

 男が纏った仮面は罅割れ、その隙間から燃え立つ炎が垣間見えていた。

 仰向けだったポプリの身体に力が入る。彼は再び起き上がろうとしていた。

 それを邪魔する濁った水音。

 押し留められたポプリの視線が奏汰を貫く。

 そこにはただ純然たる疑問が浮かんでいた。何故――と。


「な……なんで――なんで一人で抱え込むんだよ! そんなに俺は頼りないか? なぁ!?」

「言っている意味が分からない。お前は……何がしたいんだ?」


 ポプリは躊躇いながら、それでも分からない、と答えを奏汰に求めた。

 奏汰の表情が輝く。彼はずっと、その言葉を待っていたのだ。


「俺は、お前の力になりたい! 魔術も使えないこんな俺だけど、お前の隣で、闘いたいんだ!」

「……必要、ない。オレにはこれ以上求める権利なんて――」


 ない、と視線を逸らすポプリ。

 奏汰が彼の襟首を掴み、眼前まで引き上げた。


「お前に無くても俺にはある! 俺を頼れよ、ポプリ!」


 奏汰は一度は外された視線を再び繋ぐと、思いの丈をポプリにぶつける。

 余りにも一方的過ぎる願い。

 それを身に受けて、血赤の瞳が揺れた。

 奏汰は彼の服から手を離し、続ける。

 最早、ポプリには誰の支えも必要なかった。彼は自ら起き上がり、奏汰の言葉を聞いている。


「俺はお前の――」

「「――、――!」」


 二人の間に、遠くから声が割り込んだ。

 いち早く全てを悟ったマーチが動く。


「敵が来る――七時の方向、第一小隊障壁魔術展開ッ強度を対歩兵に設定、迎え撃つぞ」


 目を白黒させる奏汰を置き去りに、事態が加速していく。

 第一小隊の女達が二列横隊の防御陣を形成、その後方に第二小隊が集う。

 銃を構えたマーチの隣で、スイートが魔力を昂らせながら笑った。


「まぁ、そういうことだ。ここは俺達に任せて、先に行けよポプリ――」


 徐に立ち上がったポプリが、転がっている二振りの魔剣を手に取った。

 それを呆然自失といった体で見ていた奏汰へ、彼の視線が向かう。

 何処か居心地の悪そうな奏汰。

 ポプリは言葉を選んでいるかのように黙ると、不意に笑みを浮かべた。


「頼りにさせてくれるんだろう? 何をしているんだ」

「お? ――おうッ! 任せとけ!」


 高まる感情に同調して、奏汰の身体から魔力が漏れ出ていた。

 折り重なる発砲音が森を赤く染める。

 銃撃戦が始まった広場を、常人が出すことの出来ない速度で後にする二人。

 その後方から、彼らの下へ花の香りが届く。


「ポプリは任せたぞ――!」


 その声に奏汰は驚くも、振り向かずに片手を挙げて返事とした。

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