1-3-4
風すらも鳴りを潜める沈黙の中、奏汰の無遠慮な声が辺りに響く。
むっと立ち込める命の残り香は、彼の言葉を良く通した。
不信感が限界を迎えたのか、奏汰が立ち竦むポプリへ歩み寄る。足場の悪さなどものともせずに。
焦点の合っていないポプリの瞳が揺れた。
「おい――」
奏汰の腕がポプリの肩へとのびる。
不意に彼の声が、止まった。奏汰が己の腕を掴む青年を睨みつける。
「……これ以上は、止してくれないか。少年」
「…………退けよ、色男」
それは出来ない相談だ、と青年は掴む力を強めて目を伏せる。
削れ、砕けるような不明瞭な音が、どこで鳴った。
奏汰の瞳が、スイートやマーチ、周囲の魔術師――闘うことの出来る者達を見回し、信じられないとばかりに感情を爆発させる。
「なんなんだよ……何なんだよお前等ッ! おかしいだろ、どこからどうみても! 今のアイツはッいつも以上にぶっ壊れてるだろうが!」
なのにお前等は――と、並べたてられる言葉。
それは怒りから来るものなのか。
今や泥濘となりかけている血の沼に、新たな雫がぽたりと、落ちた。
静まり返った森には、奏汰の怒声のみが響き渡る。
「なんで何もしないんだ! 仲間なんだろ、なんで黙ってるんだッ!? 答えろよ! なぁ……なんで、俺を止めるんだよ、スイっ!?」
スイートが吠える。奏汰の言葉を、血の滴る拳で乱暴に振り払って。
「お前に何が分かるッ!? たった一ヶ月しか居ないお前に、いったい何が――」
彼は飄々とした空気を脱ぎ捨て、ただ、一人の男として気炎を上げた。
スイートの襟元へと二つの腕がのびる。今度は奏汰が彼の言葉を堰き止めた。
「知ってるんだよ! 俺はッ! ああなった奴がどうなるか……嫌になる程、元の世界で見てきたからなァ!」
「ッ!」
奏汰の感情に触れて、スイートが目を見開く。
沈黙が更に深く、その香りを色濃くしていく。
まるで辺りにいる全てのものが、言葉の続きを待っているかのように。
奏汰が発したものではない声が、そこに紛れ込んだ。
すっと短く空気を吸い込む、理解に至った者の音。
「――かのじょがいないと、せいけんが、とおのく――」
ぽつり、生まれたうわ言の下へ視線が殺到する。
そして、彼らは見た。
爆発的に生まれ、集う、黒い魔力。
コマ送りのように、ポプリの手へと収まったアレクとソニン。
彼が重用する、身体強化の願いをその身に宿した二振りの魔剣。
ポプリが意図することは、目に見えて明らかだった。
「あっおい!? 待て――ポプリッ!」
その場の誰よりも早く動いたのは、奏汰だった。
二人の距離は成人男性の三歩分。
彼は体勢が崩れるのもお構いなしに、めいっぱい手をのばしてその差を何とか埋めようとする。
しかし、残る僅かな差が埋まることはなかった。
奏汰の目に、前傾していくポプリの背中が映る。
無慈悲にも迫りくる地面を目の前にして、その瞳がきつく歪んだ。
感情が表出するかのように、強く。
「――ッ――」
ポプリの爪先が地面を抉る。
今まさに彼が駆け出そうという、その時。奏汰の身体に異常な速度で変化が起きた。
瞬時に血走る黒茶の瞳。のたうつ太い血管が指先にまで至る。
次の瞬間、彼の四肢から
転びかけていた奏汰の手が地面を打つ。
「――だらっしゃぁぁぁああああ!!」
どんっと大地から離れた彼の上体が、感情を推進力に滑空する。ポプリの膝裏へと目がけて。
そして彼らは、ぬかるんだ地面で身を縺れさせた。
鬱屈した雰囲気が吹き飛び、代わりに別種の緊張感が辺りに走る。
「嫌……だ、めだ。このままじゃ――こんなんじゃ……届かない」
ぽつり、ぽつりと地面を這っていく声。
自身がどこに向けて放たれたかも知らぬ声は、暫しの間低空を彷徨うと、跡形もなく霧散した。
縋りつく重みすら引き摺るようにして、ポプリが地面を掻く。
見ていられない、そんな空気が沈黙となって場に横たわった。
だからだろうか、少年が愁眉を寄せる。
奏汰の右手がポプリの肩へ、彼の視線は仰向けの男に注がれた。
「おいっ、おい!? どうしたんだよポプリッ! 情けない顔しやがって、嫌になるほど冷静な、いつものお前に早く戻れよ! なぁ!!」
必死の呼びかけが森に木霊する。
薄れていく声に反比例して、諦めともとれる無音が戻ってくる。
それでも、と奏汰が再び声を出そうとした、その時。
ポプリの瞳に光が戻った。
「ぽぷ――」
「邪魔だ、オレにはやらなきゃならないことがある」
奏汰の声を、温度のない言葉が押し退ける。
男が纏った仮面は罅割れ、その隙間から燃え立つ炎が垣間見えていた。
仰向けだったポプリの身体に力が入る。彼は再び起き上がろうとしていた。
それを邪魔する濁った水音。
押し留められたポプリの視線が奏汰を貫く。
そこにはただ純然たる疑問が浮かんでいた。何故――と。
「な……なんで――なんで一人で抱え込むんだよ! そんなに俺は頼りないか? なぁ!?」
「言っている意味が分からない。お前は……何がしたいんだ?」
ポプリは躊躇いながら、それでも分からない、と答えを奏汰に求めた。
奏汰の表情が輝く。彼はずっと、その言葉を待っていたのだ。
「俺は、お前の力になりたい! 魔術も使えないこんな俺だけど、お前の隣で、闘いたいんだ!」
「……必要、ない。オレにはこれ以上求める権利なんて――」
ない、と視線を逸らすポプリ。
奏汰が彼の襟首を掴み、眼前まで引き上げた。
「お前に無くても俺にはある! 俺を頼れよ、ポプリ!」
奏汰は一度は外された視線を再び繋ぐと、思いの丈をポプリにぶつける。
余りにも一方的過ぎる願い。
それを身に受けて、血赤の瞳が揺れた。
奏汰は彼の服から手を離し、続ける。
最早、ポプリには誰の支えも必要なかった。彼は自ら起き上がり、奏汰の言葉を聞いている。
「俺はお前の――」
「「――、――!」」
二人の間に、遠くから声が割り込んだ。
いち早く全てを悟ったマーチが動く。
「敵が来る――七時の方向、第一小隊障壁魔術展開ッ強度を対歩兵に設定、迎え撃つぞ」
目を白黒させる奏汰を置き去りに、事態が加速していく。
第一小隊の女達が二列横隊の防御陣を形成、その後方に第二小隊が集う。
銃を構えたマーチの隣で、スイートが魔力を昂らせながら笑った。
「まぁ、そういうことだ。ここは俺達に任せて、先に行けよポプリ――」
徐に立ち上がったポプリが、転がっている二振りの魔剣を手に取った。
それを呆然自失といった体で見ていた奏汰へ、彼の視線が向かう。
何処か居心地の悪そうな奏汰。
ポプリは言葉を選んでいるかのように黙ると、不意に笑みを浮かべた。
「頼りにさせてくれるんだろう? 何をしているんだ」
「お? ――おうッ! 任せとけ!」
高まる感情に同調して、奏汰の身体から魔力が漏れ出ていた。
折り重なる発砲音が森を赤く染める。
銃撃戦が始まった広場を、常人が出すことの出来ない速度で後にする二人。
その後方から、彼らの下へ花の香りが届く。
「ポプリは任せたぞ――カナタ!」
その声に奏汰は驚くも、振り向かずに片手を挙げて返事とした。
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