1-4-2


「これで分かったでしょう。無駄な足掻きはやめなさい、悪魔風情が」

「…………」


 これは、まずい――。

 垂れ流しとなる荒い呼吸に、オレは焦りを覚える。

 男の下卑た笑みに、その思いが加速した。

 ――手詰まりだ…………。

 男が聖剣を振り上げ、一足跳びに迫ってくる。


「いつまでそうしてるつもりです! ぇえ!?」


 オレは防御すらも選択から外し、回避のみに専念した。

 手から離れると、自ら墓地へと還るヴォルドー。

 奴の余裕は一向に揺るがず、対するオレの思考は血汗に塗れ滑り続けている。

 原因は最初から分かっていた。男が加護と呼ぶ、聖剣の権能。

 しかし、なぜそうなるかが分からない。

 何が間違っている? どの要素を外せば正解に辿り着く? そもそも奴に、攻撃は通るのか?

 空いた左手に魔力を纏わせる。


「もう一度だ……【アレク、目を覚ませ】――」


 ――無理を通した身体が、魔術で補強される。

 僅かな間とはいえ高速戦闘下でヴォルドーを振るうのは間違っていた。

 身体中の部位という部位が悲鳴をあげている。オレは歯を食いしばり、それを捻じ伏せた。

 気休めではあるがこれで――


「――まだ、闘える……ッ!」


 それを見ていたキースが苛立たし気に眉を顰める。彼は疲れを知らないのか、その足運びに音は存在しない。


「往生際が悪いですね……私は異教徒を改心させねばならないのです。忙しいんですよ……だから、さっさと、くたばれ!」

「ッ!」


 突き出される切っ先を避け、キースの左脇を駆ける。

 アレクが空気を裂く、奴の腹に食らいつく。

 っ――駄目だとは分かっていたが、なんとも妙だ。

 左腕が覚える反発力。魔剣は敵の服にすら届かず、キースの腹を撫ぜるように空間を滑った。

 背筋が粟立つ。

 身体を反転し、聖剣を迎撃。そしてオレは間違いを犯したことに気付く。

 聖剣が眼前に迫っていた。噛み合う音すら立てず、魔剣を押し退けて。

 ソニンを手放すのは不味いッ!

 手首を無理に稼働させ、再びの回避。

 オレは斜め前方に転がりながら、更に敵との距離を取った。

 考えろ。このままではそう遠くない内に殺される……何が、必要だ? 奴の防御を抜くには――防御?


「余所見とは……随分と舐められたものですねぇ!?」


 悪寒に突き動かされ、膝を基点に身体が沈む。

 削ぎ落される感覚が髪を通して頭皮に伝わる。

 オレは集中した。舞い散る赤髪、その一本一本の動きが追えるほどに。

 キースは聖剣を振り終えていない。

 その僅かな隙を、突く。

 ソニンの魔術があるのにも関わらず、身体が重い。まるで水底で闘っているかのよう。

 ゆっくりと動く世界で、魔剣が奴の顔面に迫る。

 

「むぅぅぅぅぅぅぅぅだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!」


 キースの右肩に力が入る。右から聖剣による切り上げがくるのだろう。

 オレは構わずに左腕を突き込んだ。

 その切っ先が触れそうな、奴の眼球を一心に観察しながら。

 両刃の切っ先が聖剣の守りに阻まれた。眼球を滑るように左に逸れ、こめかみへと流れる。

 キースの視線はオレの瞳を捕まえて、離さない。

 視界に異物が入り込んでるにも係わらず、獲物であるオレから一瞬たりとも目を離そうとしなかった。

 偽物との違いが、一つ。

 右下から迫りくる聖剣。

 腰から下の力が抜け、目線が下がる。

 ソニンの剣身、オレはその刃のない部分に腕を当て、眼前に掲げた。

 阻むものを許さない斬撃がまっすぐに進む。

 湾曲した刃を滑るそれに押し込まれながら、オレは回避を成し遂げた。

 世界が流れる速さを取り戻す。

 視界の端で、聖剣が執拗に輝く。


「どうした、どうしたどうしたどうしたぁ? さっきからそればっかりじゃないか!?」


 勢いの増した斬撃に押し込まれる。

 振り下ろし、薙ぎ払い、切り上げ、突き出される聖剣。

 オレは紙一重のところまで身を反らし、その隙間に魔剣を指し込むことで、身を守り続けていた。

 依然として反撃の目途はたっていない。

 分かっていることはただ一つ。

 この聖剣の権能は、攻撃を追い落とす偽物とは比べ物にならないほど凶悪であるということ。

 偽物は仕手の技量を格段に向上させたが、実際のところ、その膂力に依存していた。

 だから、超重量の一撃ヴォルド―で仕留めることが出来たのだ。

 だが、こいつはどうだ。防御どころ話ではない。オレのやること成すこと、全てを拒絶している。

 鋭い斬撃を解き放ち、男が勝利を確信したかのように嗤う。


「諦めろッ悪は正義の前に屈する定め!」


 慢心が垣間見える言葉とは裏腹に、男の闘い方には隙という隙が存在しない。

 研ぎ澄まされた連撃が、回復する間もないオレを脅かす。

 血反吐が出るような時間を経て、オレは何とか距離を取ることが出来た。

 両手が負けを認めろと痙攣する。ゆっくりと近づく男の足音が、やけに大きく聞こえた。

 考えろ、考えろ考えろ考えろ! 思考を回せッ! 回路が焼き付こうが構いはしない!

 悲鳴にも似た鼓動が耳元でがなりたてている。身体が万全に動けるのは、もってあと半刻。

 なにが正解だ? この状況を打開するにはいったい何が必要なんだ!?

 可能性の低いものから、手段を否定していく。

 男の魔力切れは待てない。こちらにはそのための継戦能力がない。

 敵の油断を誘う。そんな希望的観測をもてるほど馬鹿じゃない。

 試行錯誤の上で通用する魔剣を捜す。これも現実的ではない。

 一足一刀の間合いで、男がその歩みを止めた。

 彼は両手で聖剣を掲げると、瞳を閉ざし何かに祈り始めた。

 悪辣な笑みは鳴りを潜めている。その姿はまさに敬虔な信徒そのもの。


「天に召します我らが大神、創世神ジーンよ! 私めに更なるご加護をっ! この身は神の僕、誓いましょうッ貴方様の愛に私は必ず応えると! ユウキ・シシガミに代わり、正義を司るキース・ エバンジェリスト ・ラインがこの悪魔に神罰をッ!!!」


 祈りが終わるとともに、莫大な量の魔力が聖剣に流れ込む。

 オレの沈黙を良い意味に捉えたのか、男の表情がより一層凶悪なものへと変わった。

 

「大人しく、裁きを受ける覚悟が出来たようですねぇ、んん?」

「ふざけるな……シシガミ教なんざ糞喰らえ、だ…………」


 オレの言葉にキースは引き攣った声を漏らす。それは徐々に高笑いへと変化していった。

 その残響が赤熱するオレの思考を冷やしていく。

 狂気に燃える瞳が、オレを貫いた。


「我が加護の高みにすら及ばない身で何を言い出すかと思えば……主を愚弄したな。その罪、万死に値する――」


 滅されよ、三流悪魔。と言い切り、キース・ エバンジェリスト・ラインは聖剣を引き絞った。

 溢れかえる魔力に空間が呻く。

 その中でオレは、彼女の声を、聞いた。

 場面の転換を企図する、指揮者の号令を。

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