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「――焼きつけたいんだ!」


 濛々と立ち込める粉塵の中から、イザベラの声が届く。

 どうやら、カナタも無事なようだ。

 願うことが許されるなら、もう少しだけ静かにしていて欲しかった。

 逸れた注意を繋ぎとめるため、キースに攻撃を仕掛ける。

 

「生きぎたない羽虫共めッ――」


 苛立って、いるのだろう。さきほどよりも大振りの斬撃が空気を切り裂く。

 反撃は意味をなさない。オレは防御とも回避ともとれる不格好な姿勢でそれを凌いだ。

 通常ではありえない無音の剣戟。

 焼き増しのような攻防の中、オレは男の言葉を噛み砕く。


『我が加護の高みにすら及ばない身で――』


 加護とはつまり、この悪夢のような光景の原因。

 それを切りつけ離脱し、間を置かずに反転する。

 内容から打開策を推察するも、勝利は未だに確信できない。

 相手の攻撃すらも利用して、戦闘を継続していく。

 聖剣を超え、一撃の元に男の魂を刈り取る魔剣は存在する。しかし、それをもう一度振れば、オレの命は喰らい尽くされるだろう。

 生涯ふくしゅうは未だ道半ば、たった三振りほどで力尽きることは、俺が許さない。

 腰の魔剣が、己を使えと言わんばかりに熱を発する。

 この分からず屋め……オレはお前を使わない、と何度も――

 意識の中で火花が散った。普段なら考えもつかない発想に、思考が思わず停滞する。

 

「――ハッハァッ!」


 好機を逃さん、と聖剣が宙で閃く。

 両目の奥が鈍く痛む。世界の流れから乖離するように、思考が加速した。

 そんなことが――そんなことをしても良いのだろうか? 復讐のみに生きると決めた、このオレが……。


『俺を、俺達を見ろ! お前の力になりたいと叫ぶ、みんなの目をッ!』


 カナタは言った。自身を頼れと、彼はオレにそう求めた。

 蟠っていた思考が、湧き上がる熱量に押し流される。

 アレクを捨て、腰の魔剣を掴む。

 考えている時間などもう、ない。今や敵の聖剣は肉を食み、骨を断たんと迫っている。

 額に熱を感じた。奔り抜ける魔力で回路が軋む。

 望むのならば応えよう。それが、オレだ――

 頭上から浴びせられる衝撃と、左腕に圧し掛かる確かな重量に、知らずと頬が釣り上がる。

 死に絶えていた空気が震えた。噛み合う鋼が、互いに唸りをあげる。


「ばッ――!?」

「――やっと捕らえたぞ……キィィィィィィスッ!」

 

 この瞬間を待っていた。血だまりで生まれた、あの日から、ずっと。

 突き抜ける快感に身を任せ、無手となった右手を襟元へと伸ばした。

 あぁ、堪らない……信じられないと言わんばかりの、その表情。

 限界まで開ききった瞳が、更にオレを昂らせる。

 鍔迫り合う鞘の向こうに、引き攣った男の顔が見えた。


「ありえない――こんなことがあってはならないッ正義の剣が阻まれることなど、断じて!」


 左手にかかる重さがさらに増した。

 キースは何がなんでも己の正義を押し通すつもりなのだ。

 悠久とも思える短い時間を経て、指先が触れる。

 勝利へと続く扉、その鍵に。

 決してそれを離さないように、汗が滲む拳をオレは固く握り締めた。

 キースの視線は、競り合う鞘と聖剣に釘付けとなったまま。

 この好機を逃すわけにはいかない。

 彼に悟られないよう、オレは野戦服の裏地から魔剣を剥ぎ取る。

 それは伏して好機を待つ隠剣――

 キースはなおも喚きたて、口端から唾を散らせる。

 オレはがら空きの胴体へ、諸刃の生えた拳を叩き込んだ。

 

「っぁゔッ!?」


 呻き声を契機に、聖剣から重圧が霧散する。

 漏れ出る温もりが赤く染めていく。男の華美な装束と、オレの薄汚れた袖口を、赤く、赤く。

 男の両目だけが目まぐるし動いていた。

 

「もう、自由に動けないだろう?」

「ッ……ッ!!」


 お前はこの権能を知っているはずだ。依然までは、これも神の加護と呼ばれていた。

 ――嫉妬に狂った、司祭の魔剣。

 あの男は、他を容認できず、縛り、引きずり下ろすことを選んだ。

 その闘い方は何処までも陰湿で、彼は敵が弱り切るまで決して隙を見せることはなかった。

 不可視の鎖が、音もなくキースの身体を這いまわる。

 このおとこは妬ましくて仕方がないのだ。対象の覚える五感が、対象に芽生える感情が、自分では生み出せないもの、その全てが。

 だから縛る。対象からそれらを切り離す。

 さぁ、舞台は整った。幕を下ろすとしよう。欲深い男の復讐劇、その一幕に。


「見えているんだろう!? カナタッ! オレはお前の期待に応えたぞ!」


 だから、と――キースの瞳に映る自分を見つめて言葉を続ける。

 とても醜い顔だった。

 自らに科した制約、それを意図的に曲解する男の、醜悪な笑顔。

 清々しいほどにまで外道な、感情の発露。

 ――使え、オレのために――


「想像しろ! その魔剣は願いを具現化する! 銘は――」

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