1-4-3
「――焼きつけたいんだ!」
濛々と立ち込める粉塵の中から、イザベラの声が届く。
どうやら、カナタも無事なようだ。
願うことが許されるなら、もう少しだけ静かにしていて欲しかった。
逸れた注意を繋ぎとめるため、キースに攻撃を仕掛ける。
「生きぎたない羽虫共めッ――」
苛立って、いるのだろう。さきほどよりも大振りの斬撃が空気を切り裂く。
反撃は意味をなさない。オレは防御とも回避ともとれる不格好な姿勢でそれを凌いだ。
通常ではありえない無音の剣戟。
焼き増しのような攻防の中、オレは男の言葉を噛み砕く。
『我が加護の高みにすら及ばない身で――』
加護とはつまり、この悪夢のような光景の原因。
それを切りつけ離脱し、間を置かずに反転する。
内容から打開策を推察するも、勝利は未だに確信できない。
相手の攻撃すらも利用して、戦闘を継続していく。
聖剣を超え、一撃の元に男の魂を刈り取る魔剣は存在する。しかし、それをもう一度振れば、オレの命は喰らい尽くされるだろう。
腰の魔剣が、己を使えと言わんばかりに熱を発する。
この分からず屋め……オレはお前を使わない、と何度も――
意識の中で火花が散った。普段なら考えもつかない発想に、思考が思わず停滞する。
「――ハッハァッ!」
好機を逃さん、と聖剣が宙で閃く。
両目の奥が鈍く痛む。世界の流れから乖離するように、思考が加速した。
そんなことが――そんなことをしても良いのだろうか? 復讐のみに生きると決めた、このオレが……。
『俺を、俺達を見ろ! お前の力になりたいと叫ぶ、みんなの目をッ!』
カナタは言った。自身を頼れと、彼はオレにそう求めた。
蟠っていた思考が、湧き上がる熱量に押し流される。
アレクを捨て、腰の魔剣を掴む。
考えている時間などもう、ない。今や敵の聖剣は肉を食み、骨を断たんと迫っている。
額に熱を感じた。奔り抜ける魔力で回路が軋む。
望むのならば応えよう。それが、オレだ――
頭上から浴びせられる衝撃と、左腕に圧し掛かる確かな重量に、知らずと頬が釣り上がる。
死に絶えていた空気が震えた。噛み合う鋼が、互いに唸りをあげる。
「ばッ――!?」
「――やっと捕らえたぞ……キィィィィィィスッ!」
この瞬間を待っていた。血だまりで生まれた、あの日から、ずっと。
突き抜ける快感に身を任せ、無手となった右手を襟元へと伸ばした。
あぁ、堪らない……信じられないと言わんばかりの、その表情。
限界まで開ききった瞳が、更にオレを昂らせる。
鍔迫り合う鞘の向こうに、引き攣った男の顔が見えた。
「ありえない――こんなことがあってはならないッ正義の剣が阻まれることなど、断じて!」
左手にかかる重さがさらに増した。
キースは何がなんでも己の正義を押し通すつもりなのだ。
悠久とも思える短い時間を経て、指先が触れる。
勝利へと続く扉、その鍵に。
決してそれを離さないように、汗が滲む拳をオレは固く握り締めた。
キースの視線は、競り合う鞘と聖剣に釘付けとなったまま。
この好機を逃すわけにはいかない。
彼に悟られないよう、オレは野戦服の裏地から魔剣を剥ぎ取る。
それは伏して好機を待つ隠剣――
キースはなおも喚きたて、口端から唾を散らせる。
オレはがら空きの胴体へ、諸刃の生えた拳を叩き込んだ。
「っぁゔッ!?」
呻き声を契機に、聖剣から重圧が霧散する。
漏れ出る温もりが赤く染めていく。男の華美な装束と、オレの薄汚れた袖口を、赤く、赤く。
男の両目だけが目まぐるし動いていた。
「もう、自由に動けないだろう?」
「ッ……ッ!!」
お前はこの権能を知っているはずだ。依然までは、これも神の加護と呼ばれていた。
――嫉妬に狂った、司祭の魔剣。
あの男は、他を容認できず、縛り、引きずり下ろすことを選んだ。
その闘い方は何処までも陰湿で、彼は敵が弱り切るまで決して隙を見せることはなかった。
不可視の鎖が、音もなくキースの身体を這いまわる。
この
だから縛る。対象からそれらを切り離す。
さぁ、舞台は整った。幕を下ろすとしよう。欲深い男の復讐劇、その一幕に。
「見えているんだろう!? カナタッ! オレはお前の期待に応えたぞ!」
だから、と――キースの瞳に映る自分を見つめて言葉を続ける。
とても醜い顔だった。
自らに科した制約、それを意図的に曲解する男の、醜悪な笑顔。
清々しいほどにまで外道な、感情の発露。
――使え、オレのために――
「想像しろ! その魔剣は願いを具現化する! 銘は――」
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