Lord~紅の足跡~

蜂木とけん

間違い続けた愚者

1-1 独立魔装部隊と愉快な仲間たち


 思考が磨り減り、感情が前へ前へとオレを責めたてる。

 白く熱を持った吐息が、視界を掠めた。

 夜の帳がまだ重く垂れこめている中、冷気を混ぜ込むように全身を躍動させる。

 振り下ろした魔剣、その感触が手の中から霧散した。

 軽くなった右手を呑み込む黒い魔力。

 右足を軸に身体を回し、左手の魔剣で横一閃。

 左腕の軌道をなぞる右手が、魔力の中で柄に触れた。

 虚空から引き抜いた魔剣で幻影を切り裂き、オレは訓練を止める。

 足音のない死神が火照った肌を撫ぜた。優しく、まるで我が子を慈しむかのように。

 冬はまだ始まっていない。しかし、野原に活気はなかった。

 野原には、だが。

 遠く、東の空から響く駆動音。

 闇夜を切り刻む騒音が近づいてくるにしたがって、滑走路のあたりが俄かに騒がしくなった。


「飛行、機……?」


 闇を滑る影に、喉が知れずと蠕く。

 いつからか、機械には苦手意識を持つようになっていた。

 扱うことが出来ないから。更に言えば、魔力も使わずに動く理屈が分からないから。

 澄んだ星空のただなかに、自国の徴を持つ機影。あれはまさしく味方のモノ。

 なにを気にしていたのだ。馬鹿馬鹿しい。空は己の領分ではないだろう。

 冷たい風がオレを追い越していく。体温はこの短い時間で奪いつくされていた。

 剣を振ることに随分と熱中したものだ。

 遠くに見える外套が、途中で脱ぎ捨てた状態のまま風に煽られている。

 だがまぁ、これで――


「――少しは寝ることができる……」


 汗を流してから部屋に戻ると、一月前から増えた騒音に出迎えられた。

 あまりの煩さに思わず眉をしかめてしまう。


「――いいご身分だな」


 気持ちが漏れてしまい、天井を仰ぐ。

 しかしそれもすぐに掻き消されてしまった。副官のいびきによって。

 迷惑な話だ。部屋は狭くなり、夜は騒がしくなった。このまま眠れない日が続けば、業務に支障がでるかもしれない。

 その時は部屋割りの変更を申し出よう。

 きっとあのヒトは驚くのだろう。キミが何かを求めるなんて、と。

 ひとまずはこれを何とかしよう。これでは寝れたものではない。何のためにオレは、寒空の下、身体を動かしたのか。

 机の水差しが目に入る。手には湿り気を帯びた手拭。

 導き出される答えはただ一つ。

 俺は手拭をさらに濡らして少年の顔に被せた。


「んぐ――」

「……………………」

「…………んがっ……ふすー」


 幾分かマシになった音に満足し、イスに座る。

 目の前には、月明りに照らされる見慣れた光景。

 それらすべてを見るようにして、浅く座り直す。

 壁は紙に覆われ、明かりを浴びることが出来ていない。

 無秩序に張り付けられた情報は、地図、他国の新聞の切り抜きに軍の資料と、よくもここまで集めたものだ、と自分でも思ってしまう量だった。

 とりわけ目立つのは、中央に並ぶ六枚の写真。

 その全てに帝国人が映っており、うち二つには大きなバツ印を付けてある。

 最後から二年もの間、印の数に動きはない。しかし、不思議と昔のような焦りはなかった。

 鼓動が、常と変わらぬ調子で拍動する。

 契約の――おかげなのだろう……こうしていられるのはきっと――そういうことなのだ…………。

 朧げな意識が、赤子の慟哭を聴く。

 怒り、願うことしか出来ない子供が、短い腕で自らの胸を掻き毟っていた。頬を伝うのは血の涙。

 生まれたばかりのオレが、暗い水溜まりの中で、必ず成し遂げると叫び、吼えている。


「あと…………よっつ」


 ――まだ二つ。

 霞む視界が歪んだ。写真を睨みつけて、歪む。


「かならず……かな、らず…………」


 あぁ、明日は――物資の受取り、と――分配を、しなくて……は……。


「――? ぽー! 起きる。めーのご飯がおそくなる!」

「う……ん?」


 舌ったらずの声とともに頭がぶれ、目が覚める。

 どうやら寝台にも入らずに寝ていたようだ。

 身体に走る痛みが、それを証明してくれている。

 被った覚えのない毛布を退ければ、愛嬌のある大きな瞳と目があった。


「ラッパはまだ……?」

「ずっっっと前になった! ぽーが、寝てる!」


 早く早くとメロディに揺さぶられ、頭の靄が晴れてくる。


「す、すまな――」

「いつまでも座ってないで早く起きてあげろよ。なんなら手伝ってやろうか? 隊長どの?」

「――ッ!」


 憎たらしい声と僅かな金属音に、視線が釣られ、頭に衝撃が走った。

 身体が跳ね上がり、右手が宙を走る。


「ッおわ!? なん――」

「コレに触るな!」


 魔剣を奪い取って、感情のままに喉を鳴らす。

 埃っぽい空気は一度大きく震えると、死に絶えたように静まり返った。

 黒髪の少年が、悪びれもせずに肩を竦める。

 その、仕草は、なんだ。


「ったく、そんな怒ることか? せっかく渡してやろうとしたのによー。どう思う、メロディちゃん?」

「……しらない。ゆーしゃ、きらい」

「え、えぇ……」


 溜息で気持ちを切り替え、上下一体となった野戦服に足をいれる。

 統一規格の衣服は身体にあわない。

 しかたなく今日も袖をベルトの位置で結び、いつもの格好に落ち着いた。

 両足を裾もろともブーツに突っ込めば、自然と身体に力が入る。


「さぁ、メロディ……カナタ。行くぞ、今日も忙しいからな」

「ごっ飯っご、は、ん!」

「寝坊した奴が何を言ってんだかなっと」


 メロディの歩幅に合わせて進む。カナタのぼやきを、置き去りにして。

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