1-2-5


「やっと見つけたぞッ聖騎士!」


 魔剣と聖剣が、硬質な音を立てて噛み合う。

 眼前の男は探し求めていた写真の主ではないが、オレの目的は変わらない。

 聖剣を集め、捧げるのだ。あの日、苦しんだ家族へ。たとえそれが自己満足であったとしても。

 鍔迫り合うアレク。ソニンを遊ばせておくほど、オレも馬鹿じゃない。

 オレが魔剣の柄を握り直した。その時、聖騎士の瞳が歓喜で歪んだ。


「カカッ――」

「――ッ」


 咄嗟に跳び退り、間合いを取り直す。

 怖気が背中を這いずり回っていた。。

 僅かに感じた魔力の発露。しかし、呼吸を繰り返すも厄介な権能は目に見えない。

 いったい今、何が起きた……?


「――いいぜぇ、今日は気分がいい……祈りを捧げてもいいぐらいだ。偉大なる主よッ天に召します我らが勇者よってなぁ!」


 男が天を仰ぎ、叫んだ。その声は恍惚とした色を帯びていて、傍から見れば狂人にしか見えない。

 何が起こるか分からない。オレは黙って次の行動に備える。


「オメェの言葉で合点がいった。やっぱ俺は間違っちゃいなかったてな。褒美はもう、目の前だ。なら応えてやらなきゃなぁ、神の試練ってやつによぉ」


 聖騎士の視線を受けて思う。やはり間違ってはいなかった。こいつは、狂っている……。

 再度、両の魔剣を握り締める。闘う意志を確かめるために。


「さぁ来いよ異教徒。神の僕、カイエ・セントブルクが相手だ!」

「言われなくともそのつもりだ。ここで死ね、聖騎士――」


 返事を待たずに切りかかった。

 鉄の擦れあう号令で、再び殺し合いが始まる。


 ――何度となく剣戟を繰り返すも、どれも有効打には至っていない。

 やはり聖騎士になるほどの男。剣の扱いには長けている。


「遅ぇ! 遅ぇぞ異教徒ッ! ハエが止まったようにすら見えらぁ!」

「――チッ!」


 空間は支配されていた、弾ける金属と荒れ始めた己の吐息で。

 しかし、なぜだ。腑に落ちない。なぜこいつは攻撃をしてこない?

 聖剣がアレクを阻む。相手の両手は塞がり、ソニンを防ぐ手立てはない。

 つまり、必中。そう確信して右手を駆る。


「おおっと!?」

「ック!」


 これを捌く、か。

 両手の魔剣がほぼ同時に弾かれ、無防備な姿を敵に晒してしまう。

 だが聖騎士の動きに鋭さはない。

 聖剣が上段へ至る速度は、太陽が昇るそれと重なる。

 オレは前髪の何本かを犠牲にしながら、敵の間合いを脱した。

 心臓は早鐘を打ち、焦燥が頬を伝う。

 対する敵は余裕の表情だ。笑みは崩しておらず、呼吸も乱れていない。

 なんだ、この違和感は……。

 手の平から物が零れ落ちる感覚。オレはそれを拾い上げていく。

 勝利を確信して疑わない態度。

 それを裏付ける絶対防御の剣技。

 無駄が多く、かつ機を逸した攻撃――

 オレは意識を思考の水面から引き上げる。敵はまだ笑っていた。

 ――これでも攻撃はしてこないのか。

 違和感の実態が、朧気ながらも輪郭をもつ。


「【イリス――」

「今度はなにを……」


 聖騎士の視線が細くなる。

 オレは再度、イリスに魔力を渡した。

 違和感の正体を暴いてやろう。


「――狂い咲け】」


 意思の乗った欠片が、男に襲い掛かる。


「無駄な足掻きをッ! ふっ、ハッ、ハァッ!」


 咲き乱れる火花。泣き叫ぶ金切り声。

 オレは集中する。聖騎士の一挙手一投足。その全てを見逃さないつもりで。


「諦めろッ、テメェはここでっ死ぬ定めだってよぉッ、なんで分からねぇ!」


 男の勢いは衰えていない。

 しかし、彼の技には綻びがあった。

 聖剣は現在も叩き落し続けている。飛来する魔剣の全てを、正確に。

 なぜ、今まで気が付かなかったのだろう。

 不自然な手足の運び、隠しきれていない体軸の動揺。まるで、剣に振り回されているかのような、それ。

 そうと分かれば、これを続けることに意味はない。イリスでは軽すぎる。


「【形を成して】【還れ】」


 身に纏う三つの重量が消える。

 魔剣が姿を消したことで何を思ったのか、男は片頬を吊り上げて嗤う。


「ヒハッ!? ようやく――」


 可視化した魔力、空中に生まれた黒い虚をみて、想う。

 広大な墓地、数えきれない罪、その中の、一振りである魔剣を。


「【求めに応えよ――」


 それは飾り気のない片手剣。忠義に身を捧げた、騎士の魔剣――


「――ヴォルドー】」


 彼の闘い方は、決して華麗なものとはいえない。

 しかし、主君を背にして闘うその一撃は重く、それでいて何処までも、真っ直ぐだった。

 衝撃と轟音が、オレ達を揺さぶる。

 

「ッ!! なにをしやがったぁ!?」


 男の求めに応える気はなかった。このままでは更に沈んでいきかねない。

 オレはヴォルド―を引き抜き、窪地の中心で確かめるように振った。

 腕が伸びたと思っても違和感のない感覚に、目を細める。

 これならば、聖剣を打倒しえる。


「無視すんじゃねぇ! 俺は聞いたぞ――」

「――応える義理は、ない!」


 鋭さのなくなった世界を、駆ける。

 一つ一つの動作がとても遅い。

 原因はソニンの送還。

 しかし、何一つ不安に思うことはない。ヴォルドーが、オレのことを主と認めてくれたこの魔剣が、手の中にあるのだから。

 大地の悲鳴が響き渡る。

 寝物語の巨人が実際に居たとすれば、きっとこのような足音なのだろう。

 右腕が、聖騎士の左肩へ迫る。

 この一撃に、駆け引きなんてものは存在しない。

 魔剣の重量、己の体重、筋肉の瞬発力。それらを乗せて、ぶつけるだけ。

 真っ先に聖剣が動き、それを男の手足が追従。瞬く間ではあるが彼の眼球は出遅れる。

 敵の反応を見て、推測が確信へと変わり――オレの中で勝利は確固たるものとなった。

 金属音、右腕を伝う忠義の声。

 変わらなかったものは、一つの過程。


「む、ぅおッ?」


 変わったものも、たった一つの結果。

 魔剣オレ聖剣あいて。停滞していた均衡が崩れる。

 強引に跳び退った聖騎士へ追撃。

 仕手の態勢は関係ないとばかりに、聖剣が跳ね上がる。

 身に刻みこまれた動作で、それを打ち落とす。

 欲が満ちるまで、あと数手。


「ポプリッ――」


 赤熱する思考に不純物が混じりこんだ。

 なん――お前は、そこで何をやっている。

 視界の端へ、視線が吸い寄せられる。

 カナタは右手を真っすぐ、何かを求めるように、伸ばしていた。

 意味が、意図が、理解出来ない。なぜ、どうして、なんのために…………。


「――俺に力を!」

「しぃぃぃねぇぇぇえええやぁぁぁああああ!!」


 オレは愚かな罪を犯してしまった。

 聖剣がそれを断罪せんと地面から這い上がる。

 聖騎士との間に、魔剣と身体を指し込む。

 硬質な衝撃が内臓を駆け抜けた。

 凪いだ心の中で、ぽつりと溢す。あぁ……また、間違えた、と。

 一歩も動かなかったオレに対し、聖剣を弾かれた男は、その反動を余すところなく利用して剣の間合いから離脱した。

 脱兎の如く走り去る聖騎士、遠のいていく背中。

 オレは、それをただただ、見ていることしかできない。

 心が制御下から離れていく。思考に細波が起こった。身体が、どうしようもなくそれに反応してしまう。


「ポプリ! 大丈夫か!?」

「っさわるんじゃねぇ!!!」

「ッ!? ポプリ、お前、泣いて……」


 震える呼吸も、溢れる感情も、何一つとして制御することができない。

 きらい――嫌いだ――大っ嫌い――

 やめろ。こんなのオレじゃない。


 ――嫌――や――やだよ――


「勝手なっこと、いうな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る