第七章 奪われた魂・その2

「だから、明日は、朝から津村と一緒に学校に行けって言ってるんだよ。この話、津村にも言っておいたから」


『だから、どうしてだって、さっきから聞いてるんだけど?』


「どうしてもだって。つか、言ってるじゃねェか。俺、まずい奴に目をつけられててな。そいつ、俺の周囲の人間関係も知ってて、おまえたちを人質にするっぽいことを言ったんだよ。で、ヤバくてしょうがないから、おまえたちは一緒に行動しろって言ってるんだ」


『なんだか知らないけど、警察に行ったらいいんじゃないのか? そうじゃなかったら、俺たちでそいつをブッちめればいいだけの話じゃんよ?』


「それが無理なんだよ。ぶっちゃけると、そいつは不死身の化物なんでな。二、三発、殴り合ったけど、あんな強い奴、なんとかするなんて不可能だ」


『だったら、俺が津村と一緒に行動してても、いざ喧嘩になったら勝ち目がないってことになるじゃんか』


「気は心って言葉を知らんのか? なんにもしないよりはましだ。悪いことは言わないから、とにかく津村と一緒に行動しておけ」


『でもなァー。そうやって、いつも津村と行動して、あいつらホモ達なんて思われたら、俺、ますます女の子と出会いがなくなるし』


 愚痴る電話の相手――クルクルパーズの後藤である――に、ヒロキくんがため息を吐いた。


「さっき、津村に電話して同じこと言ったら、同じ返事をしてきたぞ。わかったわかった。俺の知ってる女性を紹介してやるから」


 ヒロキくん、『女性』とは言ったが、『女の人』とは言ってない。その意図に気づいてない後藤の声色が変わった。


『それはありがたいな。誰だよ? ユウキちゃんが言ってた、小さい女の子か? それとも、俺たちと同い年くらいだっていう綺麗なお嬢さんか?』


「お嬢さんと、その仲間たちだ。実を言うと三人いる」


 スマホ片手に、ヒロキくんがちらっと眼をむけた。自室には小学生の閻魔姫と、中学生サイズのザクロのペタン娘ガールズふたり。それから高校生っぽいボタン、OLみたいなアズサの、ボン、キュ、ボーン死神レディースが正座してヒロキを見ている。すごい女所帯で、空気がセクシー過ぎてピンク色に見えるほどであった。おまけに三人はノーパンである。


「ただ、ちょっと怖いぞ。いや、かなり怖い、か。下手したら寝首をかかれる。というか、下手しなくても寝首をかかれるかもな。俺も小さい子にやられたし。年上のお姉さんはもっとたちが悪い」


「たちが悪いとは、どういうことだ?」


 これはアズサの詰問である。死神でも、そういう言葉は気になるらしい。ヒロキくんが片手で謝罪の形をとりながら、後藤と話をつづけた。


「とにかく、俺みたいに、棺桶に足を突っ込む三歩手前になってもいいなら――」


※1「不死の魔人が三歩手前だと? ふざけるな」


「俺みたいに、棺桶に足を突っ込む二歩手前になってもいいなら――」


※2「こういう場合は、一歩手前って言うんじゃないかしら?」


「棺桶に足を突っ込む一歩手前になってもいいなら――」


※3「いや、半歩手前というのが正しいか」


「足を突っ込む半歩手前になってもいいなら――」


※4「アズサ姉様、それなら、片足を突っ込んでるという言葉もありかと」


「片足を突っ込んでもいいなら――」


無印「両足突っ込んでるんじゃない?」


 ※1~※4の茶々はアズサとザクロ、無印『両足突っ込んでる』の突っ込みは閻魔姫である。ヒロキくんが眉をひそめて閻魔姫を見つめた。


「あのー姫? 俺、いま、大事な電話中なンすけど。ていうか、俺が棺桶に足を突っ込んだの、姫の責任だったような気がするンですけどね」


「あ、そうだったかしら? もう忘れちゃった」


「都合の悪い話が記憶にないってのは政治家と女性の特権だね。恐れいったよ」


『おまえはさっきから何を言ってるんだ?』


「あ、もしもし? 悪い。ちょっと、こっちはこっちで立てこんでてな。いや、大したことじゃねェよ」


 ヒロキくんが後藤との会話に戻った。


「とにかく、棺桶に両足を突っ込んでもいい覚悟があるなら、日をあらためて、きちんと紹介してやるから」


『それはありがたいな。信用するぞ、その言葉』


「信用してくれて嬉しいねェ。ただし、後で文句は言うなよ。明日は津村と行動しろ」


『それは約束する。任せとけ』


「そりゃほっとしたわ。じゃ、また明日な」


 電話を切り、スマホをしまいながらヒロキくんが閻魔姫たちに目をむけた。


「とりあえず、クルクルパーズは、これでいいとしよう。いや、よくないか。所詮はその場しのぎだし。――そうだ、姫、魔人の居場所って、姫のスマホでわからないか? 俺やユウキの居場所がわかったみたいに」


「無理よ。本名がわからなかったら検索できないから」


「あ、そうなんだ。――じゃ、アズサさんとザクロちゃん、よかったら人目につかないように透明になって、あのふたりの護衛についてくれませんか。それで空を飛んで、魔人が近づいてきたら、不意打ちで空から切りかかれば、一発くらいは行けると思いますんで」


「冗談じゃない。どうして私が」


「アズサ姉様が言うなら、私もそうするわ」


 ほとんど一瞬で突っぱねにかかったアズサとザクロである。役に立たないのではなくて、そもそも役に立つ気がないらしい。閻魔姫がふたりを見つめる。


「それって、私が命令しても聞かないの?」


「閻魔姫様は少し誤解されているようですね。前にも言ったはずですが、私は、閻魔大王様の命令で、閻魔姫様を迎えにきただけの使いです。ボタンのように、閻魔姫様の命令を聞けと言われているわけではありません」


「私もアズサ姉様と同じです」


 もうどうにもならない。アズサとザクロはクルクルパーズと同レベルの役立たずと判断したヒロキくんが、閻魔姫とボタンに目をむけた。


「とりあえず、なんとかして魔人は痛めつける。それで行動不能にしてから地獄界に連行する。そうしないと姫があぶない」


「それはお願いします」


 黙って聞いていたボタンが頭をさげた。ボタンは閻魔姫が第一だから、このへんは話が通じる。軽くうなずいて、ヒロキくんが話をつづけた。


「で、ちょっと魔人とやり合ってわかったことがある。まず、ひとつひとつの技なら、奴の破壊力は俺より上だ。丹念にトレーニングして力をつけても、天然の不死の魔人には通用しないって学習したぜ。ま、それなりに作戦は練ってみるけど、なるべくなら一対一でやり合いたくはないな。これからは団体行動が基本になるな」


「そう簡単にはいかないと思うけど」


 ヒロキくんの講釈に水を差したのは閻魔姫である。話をつづけようとしたヒロキくんが閻魔姫を見た。閻魔姫はスマホを持っている。


「なんでうまくいかないんだよ?」


「いや、ちょっと、言いにくいんだけど」


 てれ隠しに閻魔姫が頭をかいた。


「私、魔人の人質にされたとき、ドサクサにまぎれてとられちゃったんだ」


「とられたって、何を?」


「ヒロキの魂」


 閻魔姫の胸元からは、昼間まで飾ってあった、ガラスの小瓶が消え失せていた。

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