序章 不死の魔人と閻魔姫・その2
「あの――閻魔姫様? 本当に、こんなことをやるんですか?」
ボタンと呼ばれた美少女は、なんとなく、いやそうな表情であった。閻魔姫というのはヒロキくん言うところの姫のことである。その閻魔姫に、ボタンがおずおずと話しかけた。
「それよりもですね。やはり、お父上に、きちんとお話をされるべきでは」
「あなた、私の身の周りをしなさいって命令されてたのよね? それから、私の言うことはきちんと聞きなさいって」
じろり、と閻魔姫がボタンをにらみつけた。頭三つ分も背の高いお姉さんに対して実に偉そうな態度である。
「それって、誰に命令されてたんだっけ? それに逆らうってことは、誰に逆らうってことになるのかしら?」
「それは――」
「命令よ。私の言うことはきちんと聞きなさい」
「――わかりました。閻魔姫様」
仕方がないという感じでボタンが閻魔姫に頭をさげた。
「では、行ってきますので」
ボタンが言い、OLさんに近づいて行った。訳がわかってないからOLさんはキョトンとしている。
「すみません。きてもらいます」
「え? え? え? ちょっと待って」
「そういうわけにもいきませんので」
ボタンが手を伸ばした。OLさんの額に当てる。
音もなく、OLさんの姿が消えた。OLさんの肩に手をかけていたヒロキくんの手も、すィっと落下する。ボタンが閻魔姫のほうをむくと、その右手には金色の光の球がにぎられていた。さっきのOLさんの成れの果てらしい。
「では、行ってきます」
「頼んだから」
「わかりました」
返事をし、腕を軽く振ると同時にボタンが音もなく消えた。さまよえる魂を地獄界へつれていって、成仏させるか地獄送りにするか査定する――などと言って、信じる人間がどれほどいるだろうか。閻魔姫が笑ってヒロキくんの前まで歩いてくる。
「さて、今回の件で、本当なら生きてるはずなのに、不慮の事故で死んでしまった魂が狩られました、と。きちんと使用されてない、余った寿命は三〇年から四〇年くらいかしら。あなたのご褒美は、一年か、二年ってところね」
「最近の銀行金利よりはマシなパーセントだな。ま、いい。俺の寿命は気にする必要ないから、約束通り、ユウキにやって、長生きさせてくれ」
この場にはいない人間の名前がでた。閻魔姫がふんぞり返る。
「それは任せておいて。人間の寿命を調節するくらい、どうとでもできるから」
「頼もしい話だぜ。しっかし、俺、どうなっちまうんだろうな」
「人助けをしたり自分のことも心配したり、大変よね」
「誰のせいだと思ってるんだよ。もとはと言えば、姫が――」
「じゃ、私が間違えずに、ちゃんと魂を狩っていればよかったって言うの?」
「いや、そうは言ってないけどさ」
ヒロキくんが口ごもった。このへん、少しヒロキくんの立場が弱いらしい。
「とにかく、あなたは私の家来なんだから、ちゃんということを聞いてればいいのよ。そうすれば、いつかは魂を戻してあげるから」
「とは言うけどなー。本当に戻ってくんのかね、俺の魂」
「え、なんか言った?」
「いやべつに。それにしても、面倒なことになっちまったなァ。俺の人生、マジでどうなっちまうんだろ」
「何を言ってるのよ。もう人生なんか、ないくせに」
閻魔姫がいたずらっぽく笑った。無茶苦茶なことを言っているようだが、それほど間違った話でもない。実際問題、ヒロキくんも生きてるわけではなかった。
彼は、自分の魂を持たない、不死の魔人だったのである。
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