不死の魔人と閻魔姫

渡邊裕多郎

序章  不死の魔人と閻魔姫・その1

「ちょっとちょっと。突然だけど、なんなんだよあんた。なんでこんなところをうろついてんだよ? もう死んじまってんのに」


 と、声をかけたのは、高校生くらいの年齢の、私服を着た男の子だった。ヒロキくんという名前である。場所は人通りのない夜の路上。ヒロキくんの前に立っていたのは、一見、OL風のお姉さんであった。でも顔が青白い。おまけに酒臭い。そのOLさんが、よくわかってない目をヒロキくんにむける。


「何よいきなり。失礼ね。誰よあんた?」


「通りすがりのもんだ。俺のことは気にしなくていい。それより、なんで成仏しないで歩きまわってるんだよ?」


「いや、べつに成仏したくないわけでもないんだけど。て言うか、私、死んだの?」


「わかってないみたいだな。お姉チャン、ちょっと、自分の頭に手をあててみな」


「こう? あ、なんかある。なんだろ」


 OL風のお姉さんが上をむいた。触っていたのは金色の輪っかである。宗教画で天使が頭に乗せている、あれであった。


「あ、綺麗な輪。じゃ、私、死んだんだ。お父さんたち、哀しむかな。――あ、思いだしてきた。そうだ。私、事故にあったんだっけ」


 酔っ払いのOLさんがシラフ顔になってきた。自分がしゃれにならん状況にいると気づいたらしい。その死んだOLさんが、あらためてヒロキくんを見る。


「ね、君、聞いてくれる? 私、会社で上司に文句言われちゃってさァ。ちょっと書類整理でミスしたら、五億の契約がパーになったって。うちの会社、上場してんのよ? 五億くらい、どうってことないじゃない。それなのに、あんなに怒って」


「そりゃーあんたが悪い」


「悪くないわよ、あれくらいで。そうだ。それで私、悔しくて帰りにバーに行って飲んじゃって、そのあと、スクランブル交差点で信号を無視して歩いてたら、車にひっかけられたんだ」


「ひっかけた奴も災難だったろうなァ」


「ところで君、どうして私のことが見えるの? 私、死んでるのに。ひょっとして君、エクソシスト? だったらいいわ。私がこんなことになったのは、うちの会社の馬鹿上司のせいなのよ。復讐するの、手伝ってくれない? あいつのせいで、私、死んだんだし。あいつをビビらせるためなら、私、なんだってするわよ。銀行の預金だってあるし。あの馬鹿上司をやっつけられるなら、いくらだってだすから。ね、お願い」


 ベラベラしゃべりだした。やはり女性は強い。どんな状況にもすぐ順応できる。ヒロキくんがあきれ顔になった。


「あのな。あんたの復讐なんて、俺はどうでもいい。それに、いまの話、常識で考えたら、悪いのはあんただ。俺が手を貸す筋合いの話じゃない。ただ、自分が死んでるってことはわかったな? それだけ自覚できてれば、もういい」


 言うだけ言い、ヒロキくんが、もう故人となっているOLさんの肩に手をかけた。あさっての方向をむく。


「聞いてたな? 姫。もう文句言えない状況だって認めたぞ、このお姉チャン。つれて行っていいだろ。じゃ、頼んだから」


「上出来よ、ヒロキ」


 澄んだ声がした。同時に曲がり角から顔をだしたのは、黒いゴスロリを着た、小学生になりたてくらいの美少女である。ストレートの黒髪が腰まで伸びる、たとえて言うなら黒百合を思わせる清楚な美貌だったが表情は毒キノコだった。首からネックレスをさげ、胸元には香水みたいな小瓶を飾っている。


「じゃ、ボタン。つれて行きなさい」


 姫と呼ばれた美少女が言うと同時に、美少女の背後からショートカットのべつの美少女が現れた。綺麗なお姉さんを『立てばシャクヤク座ればボタン』などと言うが、まさしく牡丹のような美貌である。年齢は高校生くらい。ちなみにこっちは白い死に装束であった。

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