第六章 求婚劇・その3
「わかるぜ。そういう奴がいたって話は、俺もボタンさん――そこの死神さんから聞いてる」
「なら話は早いな。それで、いま、地獄界が大騒ぎになってて、俺、その隙に釜から脱走して人間界にきたんだ。けど、このまま逃げ切れるはずがない。そのうち地獄界からの追っ手に捕まるはずだ」
「そりゃ、ま、そうなるだろうな」
そうでなくても、不老不死の人間なんて存在がばれたら大騒ぎになる。うなずくヒロキくんに、立ち上がった魔人が話をつづけた。
「で、だな。俺が地獄界の釜で聞いたところによると、閻魔大王のひとり娘の閻魔姫が人間界に家出してきたっていうじゃないか。まァ、それで地獄界が大騒ぎになってるんだけど。あ、これはちょうどいい。俺が閻魔姫と結婚すれば、もう俺が封印されることはないと思って」
「はァ?」
「だって、そうなると思わないか? 俺が閻魔姫と結婚したら、俺は閻魔大王の義理の息子だぜ。うまくすれば、次の代の閻魔大王にもなれる。ま、そこまではいかんでも、地獄界の釜に封印されるってことは、確実になしになるはずだ」
「ふむ」
ヒロキくんが少し考えた。
「なるほどな。確かに、俺だって地獄界の釜に封印されて、自由が欲しかったら、手段なんか選んでられないし、そういうことを考えるかもしれない」
うなずくヒロキくんに魔人が話をつづけた。
「それで俺、そのことを閻魔姫に話そうとしたんだよ。で、さっき、閻魔姫のいる家に行ったら、閻魔姫が、そこの――ボタンさんだっけ? その死神と一緒に家から逃げだしてさ」
「不死の魔人が結界を乗り越えてやってきたら、誰だって普通は逃げだすぜ」
「ひどいこと言う奴だな。俺、べつに悪いことなんかしねーよ。それで、あわてて追いかけて、この公園で説得してプロポーズしたらロリコンって呼ばれて」
「そりゃ呼ばれて当然だ。それにしても、不死の魔人が姫に近寄ってきたって言うから、どんな陰謀がうごめいてるのかと思ってたのに、そういう理由だったのか」
自分も不死の魔人で平和主義だというのに、そのことを棚にあげてあきれるヒロキくんであった。
「それから、ちょっと話を変えるけど、魔人って、いくつだ?」
「俺もよくわからんけど、一〇〇歳は超えてると思う」
「だよな。不老不死の魔人なんて、そうポンポン生まれるとも思えないし。けど、それにしちゃ、プロポーズとかロリコンとか、その服とか、ずいぶん現代になじんでるように見えるぜ。姫に土下座もしてたし、男尊女卑の世代の生まれって感じじゃないな」
「俺、割と目がいいもんでな。人間界が変わっていく様は、地獄界の釜から見てたんだ。インベーダーゲームとかルービックキューブとか、俺もやりたくて仕方がなかったぜ」
「なら、いまのうちに楽しんでおけよ。地獄界の追っ手につかまって連行されるのも、時間の問題だろうし」
「――なんだと?」
「だって、もう姫にもボタンさんにもザクロちゃんにも面が割れてるんだし、居場所も特定されてるんだし、逃亡生活もアウトなんじゃないか?」
「だから俺、閻魔姫にプロポーズして」
「断られてたじゃないか。あきらめろ」
「そりゃ、そうだけど。――ところで、おまえも不死の魔人だよな」
「あ、気がついてたか。確かにそうだけど、だからなんだっつんだよ?」
「ということは、魔人業界で言うと、俺はおまえの先輩に当たるわけだ」
武道をやってて上下関係に厳しいヒロキくんにとって、これは痛い言葉だった。
「先輩が困ってるんだ。後輩が助け船をださないのは仁義に反すると思うがな。それに、俺が地獄界の釜に封印されるってことは、おまえも封印されるってことになるんだぜ? いまのうちに、俺たちで手を組んで、地獄界からの追っ手から逃げ切る算段を立てるのが、建設的な考えだと思わないか?」
「ふむ。そう言われてみると」
「ちょっと。ヒロキ」
納得しかけたヒロキくんに、閻魔姫が不安そうに声をかけた。ちらっとヒロキくんが閻魔姫を見てから、あらためて魔人を見る。
「後ろ髪をひかれる思いもあるけど、ここはやっぱり、姫の味方をするべきだな。俺は」
「ほう? すると、俺の手助けはしてくれないってことか?」
「そうなる」
「魔人の先輩を見捨てると、そういうことか?」
「そう思ってくれても言い訳できないな」
「どうして、そんな理不尽なことをするのか、理由を言ってくれ」
「ひとつ。おまえは魔人で、確かに不死の先輩だけど、いま知り合ったばっかりだ。姫とは、もう少し前から付き合いがある」
「ふむ」
「ふたつ。おまえは男だけど、姫は未成年の女の子だ。おまえは、ひとりで生きて行けるけど、姫はそうじゃない。第一、女の子に迷惑をかけるような奴の手助けなんか、普通はするもんじゃないぜ」
「ふむふむ」
「三つ。どうやら、おまえは生まれつきの不老不死みたいだな。俺はそうじゃない。普通の人間に戻れる可能性がある。つまり、俺は地獄界の釜に封印されなくて済むかもしれない」
「ふむふむふむ、じゃない。ちょっと待て。三つ目のは自分勝手じゃないか?」
「四つ。封印されたくないって理由だけで、七歳の女の子に言い寄るのは自分勝手じゃないのか?」
「五つ。何も悪いことをしてないのに、不死の魔人ってだけで俺を地獄界の釜に封印した閻魔大王も自分勝手だろうが。お互い様だ」
「おまえが五つって言うな。とにかく、そういう理由で、俺の手助けは期待しないでくれ」
覚悟を決めてヒロキくんが言い切った。魔人が冷えた目でヒロキくんを見すえる。
「質問。その言葉を聞いて、俺がおとなしく連行されて、地獄界の釜に封印されると思うか?」
「思わない。逃げだすなら、べつにかまわねーぞ。俺は告げ口なんかしないし。アズサさんとザクロちゃんって死神は、あっちで立ち往生を食ってるから、反対側からズラかりな」
「俺は、いつ封印されるかと、ビクビクしながら息をひそめて生きていたいわけじゃない。自由が欲しいんだ」
「なら、どうする?」
「すまんが、閻魔姫はつれていく。じっくりと言い聞かせれば、そのうち納得してくれるかもしれない」
「じっくりと言い聞かせる、か。何をする気か、想像がつくぜ。『結婚してください』『冗談じゃないわよ』『そこをなんとか』『いやだって言ってるでしょ』的な水かけ論を延々と繰り返す腹だな。根性が尽きて黙った奴の負け。最後まで自論を主張しつづけた奴の勝ちって言う我慢比べだ。小学生や中学生の口喧嘩で定番のルールだぜ。違うか?」
「へェ。おまえも、ただの不死ってわけじゃなくて、少しばかり、見えるものがあるようだな」
魔人が感心したような顔をした。横で聞いていた閻魔姫がげんなりした顔をする。――不老不死の魔人の我慢比べが、どれほどのものか。下手をすると、年頃になるまで、延々と説得されつづけられるかもしれない閻魔姫である。ざっと一〇年。そりゃ、最後は根負けするだろう。
「ま、そういうわけで、俺は閻魔姫をつれていく。地獄界には離婚制度がないんでな。形だけでも婚姻を結んじまえばこっちのもんだ」
「そんな話を聞かされて、俺が、はいそうですかと言うと思ってるのか?」
「いま言ったじゃないか」
「屁理屈をこねるな。先に言っておくけど、痛い目に遭いたくなかったら、姫の件は撤回しておけ」
「さもないと、腕づく、か?」
「わかってるみたいだな」
ただの意見の違いが、いつの間にか、険悪な空気をつくりだしていた。これからどうなるのか? 話し合いで蹴りがつかないのである。バトるに決まっていた。
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