第四章 噂・その6
「おいヒロキ。それで、同棲してるって話、詳しく聞かせなよ」
教室に戻ったら、津村と後藤のクルクルパーズが冷やかし口調でヒロキくんに話しかけてきた。面倒臭そうにヒロキくんがふたりを見る。
「ボタンさんってのは、ただの居候だ。ユウキは普通に世間話をしただけなのに、尾ひれがついただけだぜ。気にするな」
「そうはいかん。綺麗なお嬢さんだそうじゃないか。俺に紹介しろ」
「俺は、姫っていう小学生でもかまわんぞ」
「なんだおまえ、ロリコン趣味だったのか?」
「誤解するな。年上だの年下だの、そんなことで俺は相手を差別しない」
「愛があれば歳の差なんて」
「要するに、なんでもいいってことじゃないか。だったら、この学校で適当に彼女でもつくれ」
「俺たちもいろいろとやってるんだよ。格闘技やってスポーツマン気どったりさー」
「それでもうまくいかねーンだよ。大体、途中でやめちまったおまえに、なんでユウキちゃんって嫁さんができて、俺たちに縁がないんだ? おかしいだろ?」
「あのな。おまえらって奴は、相変わらず彼女が欲しくて格闘技やってんのか? 動機が不純すぎるぞ。それにユウキは俺の嫁さんじゃねーし」
「そうそう。私、ヒロキくんに告白してないもの。ヒロキくんも、私にそういう態度はとってこないし」
これは横から会話に混じってきたユウキちゃんである。津村と後藤のクルクルパーズが同時に顔をむけた。
「「じゃ、ユウキちゃん、俺たちと付き合ってくれますか?」」
「それはごめんなさい」
ふたりして同時に告ったら一瞬で断られたクルクルパーズである。ヒロキくんが苦笑した。
「とにかく、おまえらは普通に幸せを手に入れろ。それから、格闘技もまじめにやりな。もてるもてないはべつにして。中途半端にやるのは一番よくないぜ」
ヒロキくんの言葉に、ふられてうなだれてたクルクルパーズが顔をあげた。
「彼女候補のいる野郎は違うな。余裕ぶっかまして」
「気に入らねェな。久しぶりに、ちょっと付き合え」
「おいおい。とっくに現役引退してるんだぞ、俺は」
などと言いながらも、ヒロキくんが立ちあがった。まんざらでもないらしい。横で見ていたユウキちゃんが、すこしばかり不安そうな顔をする。
「ねェ、ヒロキくん、ひょっとして、喧嘩するの?」
「そんなんじゃない。なんてことはないじゃれ合いだ」
「でも、津村くんと後藤くんって、毎日喧嘩してるし、結構スポーツができるって聞いてるし、なんか、格闘技やってるとか、さっき言ってたし」
「そういえば、ひさしぶりかな。ヒロキがやるところ見るの」
と、ここで声をかけてきたのは晶ちゃんであった。晶ちゃんはヒロキくんたちと同じ中学だったので、いろいろと知ってるのである。その晶ちゃんがおもしろそうにヒロキくんとクルクルパーズをながめた。
「さ、一分持つかな、津村と後藤」
「見せもんじゃねーぞ。外でやる。じゃ、場所を変えるか。そんでルールは?」
「打撃系で行こう。グローブはないから、今日は顔面パンチなしのフルコンタクトルールにしておくか」
「じゃ、俺はレスリングと柔術で行く。打撃なしのグラップリングだ。マットはないから投げ技も禁止にしておこうぜ」
「それでいい」
ヒロキくんと津村と後藤が教室をでていった。どこで何をやったのか、五分ほどで戻ってくる。心配そうにしていたユウキちゃんにヒロキくんが笑顔で手を振った。晶ちゃんが笑って近づいてくる。
「結構かかったじゃん、ヒロキ」
「だから言ってるじゃねェか。とっくに現役引退してるって」
と言ってる途中、津村と後藤のクルクルパーズが教室に入ってきた。打撃系は足をひきずっていて、グラップリングは首をさすっている。ローキックと裸締めで決着をつけられたらしい。
「相変わらずだな。なんで勝てないんだ俺たち?」
「なァ、いい加減に教えろよ。ヒロキがやってる格闘技って、なんなんだ?」
「おまえらが勝てない理由は俺にもわからないな。格闘技やってる動機が不純だからじゃないか? それから、俺のやってる格闘技――つか、武道は、そんなに大したもんじゃなかったさ。空手やったり柔道やったり、そんなもんだ。前にも言ったはずだぜ?」
「そんな話が信用できるか」
「伝説の中国拳法でもやってるのかこの野郎」
「阿呆臭ァ。そんなもんに興味があるんなら海外留学でもしな」
と、ここまで言って、ヒロキくんが周囲の視線に気づいた。ニヤニヤ笑ってる晶ちゃんと、クルクルパーズ以外のクラスメーツが妙な視線をむけている。ユウキちゃんも、ボケボケって感じで、それでも少し不思議そうだった。ヒロキくんが頭をかく。
「そういえば、きちんと説明してなかったっけな。実を言うと、俺、少しやってたんだ。中学のとき、津村や後藤と一緒にな。格闘技愛好会ってのを先生に無断で設立してて。外の道場でもガチでやってたのは俺だけだったけど」
「ほかにも何人かいたんだけど、この高校で一緒になったのはクルクルパーズだけでね」
補足説明は晶ちゃんである。津村と後藤がいやそうに目をむけた。
「おいクルクルパーズって言うな」
「それに、ヒロキもクルクルパーズだったはずだ」
「何度も言わせんな。俺はクルクルパーズじゃない。格闘技はとっくに引退してる」
「だから、なんで引退した奴が、一応でも現役でやってる俺たちより強いんだ?」
「そうだ。それは俺も納得がいかねえ」
「そうでもないぜ。俺もずいぶんなまった。小学生の女の子が、不意打ちで大鎌を振ってきたときも避けられなかったし」
「あの――ヒロキくん?」
ユウキちゃんが声をかけてきた。
「ヒロキくんが、そんなに強いなんて、知らなかったから、私、驚いちゃった」
「だから、昔の話だって」
「でも、クルクルパーズさんたちも、自分たちより強いって」
「ユウキちゃんまで、ひどいですよ」
「俺たちはクルクルパーズじゃないっす」
「いや、実を言うと、引退したあとも、なんとなく、パワートレーニングをやってたもんでね。腕立て伏せとか懸垂とか腹筋とかハーフスクワットとか。ウェイトトレーニングはやってないから、見た目じゃわかんないと思うけど」
クルクルパーズを無視してヒロキくんが説明した。ちょっと専門的な台詞も混じっている。ユウキちゃんが妙な顔をした。
「ハーフスクワット?」
「ヒンズースクワットは、やりすぎると、膝関節を傷めるんだ。回数をこなせばハーフでも筋肉はつくから、俺はそっちをやってる。ま、科学的トレーニングの一種だな」
「やりすぎるって、何回くらい?」
「腕立て伏せと懸垂は一〇〇回。腹筋とハーフスクワットは三〇〇回だな。家で寝る前に、三〇分くらいで、チョコチョコっと」
ガチで格闘技やってる人間なら知ってる話だが、これは強くなるための最低回数と言われている。とはいえ、趣味や愛好会で軽く齧ってるレベルの人間から見れば、常軌を逸した練習量に違いはなかった。クルクルパーズが目を剥いて突っかかる。
「てめ! それじゃ、引退したことにならねーじゃねーか!」
「汚ェぞ! 俺たち、おまえが引退したって言うから安心してたのに、油断させやがって!!」
「またやられてェのか?」
面倒臭そうにヒロキくんが訊いた。悔しそうにクルクルパーズが黙る。
「それに、そんなに怒ることないじゃねェか。大体、俺も、ここ二、三日、バタバタあって、なんにもトレーニングできなかったから、やっぱり引退してるってことになるし。おまえたちは、毎朝、仲よく喧嘩しな? もう俺を巻きこむなよ」
「それでヒロキくん、どんな格闘技をやってたの?」
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