第四章 噂・その7

「だから、空手とか柔道とか、いろいろと」


「ふゥん、そこは普通なんだ。私、北斗神拳でもやってるのかと思っちゃった。でも、すごい。空手と柔道って、どっちが強いのかって考えちゃったりするくらい感動して、その心意気で格闘技の試合を見たかったのに、見られなくて残念って思うくらいには、ヒロキくんとクルクルパーズさんたちの試合を見たかったかなァ」


 例の調子で言ってから、


「ね、ヒロキくん、どれくらいやってたの?」


 興味本位の質問をしてきた。ヒロキくんが首をひねる。


「確か、幼稚園で格闘技のTVを見て、それでかぶれて道場に通って、中学を卒業したときにやめたから、一〇年くらいかな」


「あ、時間じゃなくて。黒帯とか、三段とか四段とか、そういう話」


「ずっと白帯だったよ。級なしだった」


「え」


「昇段級審査ってのは、金がかかるんでね。空手と柔道をやらせてくれただけで、それ以上の金は親もだしてくれなかったし。黒帯を締めて、偉そうにふんぞり返るのが目的でやってたわけでもなかったからな。真面目に楽しく格闘技がやれてれば、俺はそれでよかった。それに、帯の色なんて、強さとは関係あったりなかったり、道場主の方針で適当だぜ。きちんと型ができれば、小学生でも黒帯を締められるところはある。その反対で、極限流みたいな格闘技空手の世界だったら、最低レベルの黒帯でも、プロボクサーの4回戦クラスと同じなんて言われてるぜ」


「へェ」


「ただ、俺の場合は、師範に『おまえの実力なら、極限流の本部でも緑帯は行くだろう』って言われたことがあるな」


 ということは、ブルース・リーとほぼ同レベルで、しかも、そのへんの町道場なら余裕で黒帯を締められるということなんだが、あいにくとユウキちゃんにその手の基本知識はない。「そうだったの」と返事をしておしまいである。


「なんだかよくわからないけど、もしよかったら、何か、一発で相手をたおす、すごい技を教えてくれない? ほら、私、夜、買い物に行ったりするけど、やっぱり物騒だし」


「通信販売でスタンガンでも買えばいいんじゃないか? 護身ならそれでいいだろ。痴漢くらい、一発だぜ?」


 身も蓋もない返事がくる。キョトンとなるユウキちゃん。晶ちゃんが後ろで笑っていた。


「あの、そういうんじゃなくて、格闘技で、一発で相手をたおしたいんだけど」


「だったら、じゃんけんのチョキの手にして、相手の目を突くってのが有効だな。一撃必殺。空手の極意だ」


「私も同じ質問して、同じこと言われたんだよねぇ」


 ニヤニヤして言う晶ちゃんであった。一方、納得のいかない顔をするユウキちゃんである。


「ほかには、相手が女の子のヤンキーだったら、乳を揉むなんてセクハラ作戦も行けるぜ。不意打ちでやると、たいていの相手は驚いて後ずさる。その隙にすぐ逃げるとか。俺も、この前、ぶっつけ本番でやってみたけど、行けるもんだぜ。褒められた手じゃないけどな。女性の顔を殴るよりはよっぽどましだし、想像してたほどドキドキもしなかった」


 それはヒロキくんの心臓が止まってて、しかもゾンビっぷりが板についてきてるからである。


「それから、相手が男だったら金的蹴りかなァ。いざってときは不意打ちでやってみな? 堪えられる奴なんていないから」


「金的って?」


「金的の的を玉に変えると一般的な言葉になる」


「あ、そうか。――えェ!? あ、あの、ちょっとヒロキくん?」


「言っても無駄だよユウキ。ヒロキ、大マジで言ってるから。格闘技とか武道やってる人間って、何が反則で何が反則じゃないのか、わかんなくなるみたいなんだよねェ」


「そうやって変人の目で見られるから、俺は格闘技をやめたんだがなァ」


 ヒロキくんが困った顔で頭をかく。常人を気どっているが、ヒロキくんも部分的に普通じゃなかったらしい。もちろんゾンビだから普通じゃなくてあたりまえなんだが、それは言わない約束であった。

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