第五章 命・その4
「ヒロキ、何を見てるの?」
「死神だよ。気にしなくていい。それでユウキは?」
ヒロキくんがアズサに詰問した。アズサが見えてない晶ちゃんはキョトンとしている。アズサが薄く笑みを浮かべた。
「安心しろ、まだ何もしていない。眠らせてつれていっただけだ」
「何が目的だ?」
「ひとりでこい。いい場所がある」
「わかったよ。もう俺には抵抗できないな。お手上げ、降参だ。さ、案内しろ。どこへ行けばいい?」
晶ちゃんがヒロキくんを凝視した。電波を見る目である。見えない相手と会話してるんだから当然であった。
「では行くか。貴様はついてくればいい」
「じゃ、そうする。じゃァな島崎」
「あ? うん。じゃァね。明日になったら、ユウキと何を話したのか、教えなよ」
「俺に明日はない。原題・Bonnie and Clyde」
「俺『たち』に明日はない」だろうという突っ込みはいいとして、ヒロキくんがアズサにつれられて下駄箱をでた。校門をでて商店街を歩く。閻魔姫とボタンはもう家にむかったらしく、姿はない。
「それで? ユウキはどこにいる?」
「焦るな。案内する。ふたりきりで、ゆっくりと話し合おう」
「何が話し合おうだビッチが」
と、こればっかりは、さすがに聞こえない声でつぶやいたヒロキくんであった。とはいえ、相当におかんむりらしい。それも、自分で自分に腹を立てていた。
「無関係なユウキを、この俺のせいで。閻魔姫を迎えにきた死神を追い返せば、それで済むと思っていたのは甘かったぜ」
無関係というわけでもないのだが、ヒロキくんの苛立ちも筋は通っていた。『仮にも武道をやっていて、強い側にいたはずの自分が、弱者に迷惑をかけてはならない』くらいのプライドはヒロキくんにもあったのである。
「で? どこまで行くんだ?」
冷えた怒りを殺してヒロキくんがアズサに訊いた。アズサが前方を指さす。
「この道をまっすぐ行ったところにある河川敷だ。あそこにはサッカー場があって、平日の昼間は人がいない」
ヒロキくんとユウキちゃんが夜に出会った場所であった。あのとき逃げ帰ったアズサが、そのあと、いろいろとリサーチをしていたらしい、ヒロキくんがため息を吐く。
「河川敷とかサッカー場とか、詳しいな。和服着た地獄からの使いの分際で」
「少しは勉強しているからな。閻魔姫様も、スマホを持っているではないか」
「確かにな。で? そこで話をつけるって腹か。完全に目撃者はいないって保証はできないぜ」
「安心しろ。もう人払いの術はかけてある」
アズサの言う通りであった。ヒロキくんも気づいたらしく、周囲を見まわす。歩くにつれて、人の気配がどんどんと遠のいていったのである。ヒロキくんと閻魔姫がはじめて接触したとき、不思議と人通りが皆無だったのと同じであった。
「ボタンさんみたいに、対死神用の結界を張ることはできないが、人間の目撃者を追い払う術は可能ってわけか。本当に正念場らしいな」
目撃者がいないなら、ガチで殺し合いをしたところで、なんの問題もないということになる。覚悟を決めたヒロキくんがアズサの背中をながめた。得体のしれない闘者のオーラが――生まれない。どうしたって、そこはゾンビである。
だからこそ、ヒロキくんの瞳には死の覚悟が秘められていた。
「ここでいい」
河川敷のサッカー場に着き、アズサが振りむいた。ヒロキくんが周囲を見まわす。夕方で薄暗いが、ユウキちゃんはいた。遠くのベンチで寝転がっている。
「怪我はしてないようだな」
「あたりまえだ。言っただろう? 眠らせただけだって」
腹をくくったヒロキくんが、持っていたカバンを地面に置いた。仁王立ちで腕を組む。アズサは五メートルくらい離れた位置に立っていた。人払いの術のせいか、夕刻だというのに、不思議と相手の顔が鮮明に見える。声も聞こえる。しかも、半透明の状態のアズサが、急に不透明になった。普通の人間にも見える状態に戻ったらしい。
「さ、好きにしろ。ただ、頼みがある。ユウキは無事に帰してやれ」
「貴様には本当に驚いたぞ。まさか、私たちの手で魂を狩れない輩が、のうのうと街中を歩いていたとはな」
「くだらない能書きはいい。やることやったらどうだ?」
「この前の、あの件もな。正直に言うが、あのときは、どうしたらいいのか、私もわからなかった。大した手を使ったものだな。もちろん怒りが消えたわけではないから、それは忘れないでもらおうか」
「ののしるだけののしってから、ゆっくりと料理する気か?」
「だが、それ以外の件については忘れてやらんわけでもない。一応は魂の存在しない不死者だが、どうせ、貴様は寿命がきたら死ぬ身だ。私とは違う。あとは地獄界でゆっくりといたぶってやってもいいしな」
「本音がでたな。結局は殺す気か。いいぜ。手でも足でもバラバラにしやがれ。どうせ首は一回切られてるんだ」
「しかし、いまは、それよりも重要な件がある。貴様は、魂を返してもらいたがっているのではないか? 私も、少しは見えるものがあるのでな。貴様が、いまの状況を楽しんでいないことくらいはわかっている」
「うるせえ。とっとと殺せ。何やってやがる」
ふてくされた顔で、しかも命令口調で愚弄するヒロキくんである。話が噛み合ってないことに気づいたアズサが眉をひそめた。
「貴様、さっきから何を言っている? 私の話を聞いているのか?」
「聞いて何の得があるってんだ? これでも武道やってた過去があるもんでな。腹のくくり方くらい心得てる。殺すなら早く殺せ」
「魂のない、いまの状態の貴様を殺せるわけがないだろう。それよりも、誤解しているぞ貴様。私は、貴様と話し合いをしにきただけだ」
「――何ィ?」
「ここにくる途中、話し合おうと言ったはずだが?」
確かに言ってる。拍子抜けしたヒロキくんが、少し考えた。
「あれは、たとえば、気に入らない奴を痛めつけるときに『かわいがってやるぜェ』とか、そういう言葉の使い方をしていたんじゃなかったのか?」
「何を勘違いしていたんだ貴様。それとも、痛めつけて欲しかったのか?」
「そんなわけないだろう。つか、ちょっと勘違いしてたな。ただ話すだけなら、なんでユウキを人質にとった?」
「昨日の今日で、しかも、前回はあの騒ぎだったからな。まともに話ができるとは思っていなかった」
そりゃそうである。仁王立ちで腕を組んで踏ん張っていたヒロキくんが、ほっと息をついた。額の汗をぬぐう。格好つけてはいたが、やはり殺される恐怖は消しきれなかったらしい。
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