第一章 魂を狩りました・その2
「間違えたって、何がだ?」
「え!? ううん。なんでもない。いや、なんでもあるか。ちょっと待ってなさい」
どうしてか偉そうに命令してから、閻魔姫がスマホをとりだした。
「あ、もしもし、ボタン?」
『閻魔姫様! いま、どこにいらっしゃるんですか!?』
スマホから、綺麗なお姉さんの声が聞こえてきた。かなりのボリュームで、そばに立っていたヒロキくんにも聞こえていたのだが、そんなものヒロキくんは気にしてない。事態を把握してないのだからあたりまえである。夕飯は何かな、もう暗いけど、この娘、交番までつれていかないとまずいんじゃねーかな、などと考えていた。
「て言うか、その紙に書いてある名前って、ひょっとしてヒロキじゃなくて、ユウキって読むか? それが、もうすぐ死ぬって、どういうことだ?」
「どこにいるって、人間界の日本よ。それに、私がどこにいるのか、もうわかるでしょ? ちょっときて」
「わかりました」
というリアル声がヒロキくんのそばで聞こえた! 驚いたヒロキくんが顔をむけると、死に装束の美人さんが立っていたのである。瞬間移動? 白い和服の上からでも、ボン、キュ、ボーンのナイスバディだとわかる。男なら非常に抱きしめたがる体形であった。そのナイスバディがヒロキくんを一瞥してため息をつく。
「だから、魂を狩るときは、私たちにお任せくださいと言っていたのに。この人、あと七〇年は寿命があります」
「そういうのって、魂を狩ったらどうなるの?」
「寿命は存在しますから、肉体が死ぬことはありません。ですが、魂が消失していますから、生きていることにもなりません。そのため、生と死の境界に立つ不死者となります。こういう事態もありますから、私どもが、きちんと素性を確認して、寿命の切れるときを見計らって、魂を狩って運んできますと、以前から、あれほど――」
「あの、すんません。話が見えないんですけど」
ヒロキくんが口をはさんだ。
「俺、もう帰っていいッスかね? 保護者のお姉さんもきたみたいだし。電波な方々につきあうほど暇じゃないもんで」
言い草が気に食わなかったのか、イラッとした顔で閻魔姫がヒロキくんをにらみつけた。
「ボタン、なんか持ってる? 普通の人なら切れて血がでるような奴」
「月並みですが、これでは?」
ボタンと呼ばれた美人さんが、ひょい、と大鎌をだした。死神の定番である。
「あれ、すごいな。手品か? どこからだしたんだ?」
ヒロキくんがおもしろそうにつぶやいた。まだ状況がわかってないらしく、感心したような顔で大鎌を眺める。黙って大鎌を受けとった閻魔姫がヒロキくんにむかってかまえた。
ひょい、と振った。時代劇によくある、白菜を切るような効果音は特にない。ヒロキくんもボケっと突っ立ってた。
「これでわかったでしょ?」
「何がだ? スー」
『スー』は空気が漏れた音である。なんだか呼吸がおかしい。変に思ったヒロキくんが首に手をあてた。濡れている。閻魔姫が無言でボタンに大鎌を返した。大鎌が空気に溶け込むように消滅していく。
「あ、なんだこれ。血だぞ。スー」
言うと同時に、ずる、と景色がずれた。ヒロキくん、首を曲げた自覚はないのに、見えている景色が右に寄ったのである。不思議に思ったヒロキくんが首をかしげたおかげで、余計に景色がずれた。少しして、自分の首が切断されていると気づいたらしい。青い顔でヒロキくんがわめきだす。
《わわわ!? なんだこれ。首が落ちるぞ。スー》
と、叫んだつもりが声にならない。空気が喉を通ってないから声帯が震えないのである。
「それなのに死なないのはどうしてかしらね?」
《そんなこと知るか! スー。うわわ、首が落ちる! マジで落ちる! 人殺し!!》
「死んでないのに何を言ってるの? あ、そうそう。落ちついて話ができる場所を案内してくれたら、その首、ここにいるボタンが縫い合わせてくれるけど?」
《俺にどうしろってンだ!? スー。わわわ、本当にズレる! じっとしてるのに、それでもヌルーっと動くぞ! さては少し斜めに斬りやがったな!》
「放っておいたら雑菌が入って腐っちゃうわね。首から上がなかったら、これからおいしいものも食べられないし、漫画もTVも見られないでしょうし。さー困った。どうする? あ、逆か。首から下がなくなっちゃうのか」
《そんなことはいいから! それより、俺にどうしろってンだ!? スー!!》
「言ったでしょう? 落ちついて話ができる場所を案内しなさい」
《わかったから! 案内するからなんとかしてくださいプリーズ! スー!!》
首をブッタ斬られてるのに元気な死人なのであった。
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