第一章 魂を狩りました・その1
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そもそものことのはじまりは昨日の夜であった。ヒロキくん(本名は太野裕樹くんである)、学校の授業が終わって、家に帰る途中だったのである。
「じゃーなー」
「おう。また明日な」
等、途中まで一緒に帰ってたクラスメートに言い、ヒロキくんがひとりで歩きだした。漫画にアニメにゲームをやって、格闘技番組を見て自分も大ハマりしたことがあるという、経歴だけを聞いたら、これといって特徴のない、ごく普通の青少年だったのである。あのときまでは。
「ちょっと、そこの。待ちなさい!」
澄んだ声が背後から飛んだ。学生カバン片手のヒロキくんが振りむく。そこにいたのが前述の閻魔姫。これが騒動のはじまりだったのである。
「なんだい? お嬢チャン」
いつの間にか、人通りがまったくなくなってることにも気づかず、ヒロキくんが閻魔姫に訊いた。迷子かと思ったのである。閻魔姫、まるで膨らんでもいない胸を精いっぱいに張ってエッヘン。そのまま右手をヒロキくんにむけた。
「あなたが私の最初の獲物ね。じゃ、覚悟しなさいよ」
と、閻魔姫が言うと同時に世界が暗転。時間にして一〇秒くらいだったろうか。気がついたらヒロキくんはひっくり返っていた。何がなんだかわからない。場所は――さっきと同じところである。頭ン中クエスチョン状態でヒロキくんが起きあがった。意外や意外、ここでギョッとなったのは、目の前に立っていた閻魔姫だったのである。
「あなた、なんで死なないのよ?」
「は? 何を言ってるんだ?」
「いや、だって。ほら」
という閻魔姫の右手には、金色に輝く光の球が。
「なんだ? その光。なんかの手品か?」
「そんなんじゃないわよ。これ、あなたの魂だから」
「はァ?」
「あなた、もうすぐ死ぬ運命だから、私が魂を狩ったのよ」
ヒロキくんには理解できないことを言いだした。
「お嬢チャン、大丈夫か? どこか、白い病院からやってきたのかい?」
「馬鹿にしないでよ。ほら、これ。私がパパのところから家出したときに引きちぎって持ってきた閻魔帳。ちゃんと、あなたの名前、書いてあるでしょ?」
言って閻魔姫が差しだしたのは、古い習字紙みたいな紙きれだった。ひらひらと振って見せる。
「なんだ閻魔帳って? ちょっと見せてくれ」
ヒロキくん、閻魔姫まで近づいて、切れっぱしを手にとった。
「ふゥん。君、もう漢字が読めるのか。偉いねェ」
と、ヒロキくんが言うのも当然至極。書道の達人が書いたみたいな素晴らしい文字で『太野裕樹』と書いてある。――と、最初は見えたが、『太』の字の点が、少しおかしい。デザインが歪んで見える。ヒロキくんがその点に触れた。こすると滲む。
「あ、これ、汚れか、なんかのススだな。火の気のある場所に置いといて、焦げたかしたんだ」
「え!? ちょっと返して」
泡を食った表情で閻魔姫が閻魔帳の切れっぱしをひったくった。「『太』野裕樹」の点が滲んで、「『大』野裕樹」になっている。
しばらくして、恐る恐る閻魔姫が顔をあげた。
「あの、失礼ですが、お名前は?」
「太野裕樹と申します」
「どういう字を書くのでしょうか?」
「お嬢さんが持っているメモの字と違って、一文字目の漢字に点がつきます。大小の『大』じゃなくて、浦島太郎の『太』ですね。あとは同じ字です。学校ではヒロキって呼ばれてますよ。同じ『おおの』って発音の人がいて、耳で聞いてると区別つかないから、下の名前で呼ぼうってことになって」
「すると、この紙に書いてある名前は?」
「俺ではないってことになります」
「そうでしたか」
「そうでした」
閻魔姫、固まること一分。
「ヤッバ。魂を狩る相手、間違えた――」
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