第七章 奪われた魂・その1
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「しっかし、えらい目に遭ったなー」
繁華街のガード下で魔人がつぶやいた。右手に持ってるのは、コンビニで入手したらしい木工ボンドである。大雑把にも、それを左肩の傷口に塗ったくりはじめた。コンビニ店員も、片腕が吹っ飛んでる魔人によく木工ボンドを販売したものである。
「さて、これでくっついてくれたらお慰み。大チャレンジだな」
言いながら、魔人が足元に転がってる自分の左腕を拾いあげた。傷口にフーフー息を吹きかけて汚れを飛ばしてから、左肩の傷口と合わせる。
「こういうとき、綺麗につながる黒魔術の儀式は――さすがに記憶にないか」
魔人が苦笑しながら、そのまま、しばらく時間をおいた。
「動けよ――」
頼むような魔人の言葉と同時に、ピクリ、と左手の小指が動いた。
「お、うまくつながったな」
どういう身体をしているのか、つづいて薬指もピクリと動きだした。中指、人差し指も。最後に親指も丸めて、にぎり拳をつくってみた。
「ここまでは行けるか。じゃ、肘は?」
曲がる。
「肩は、行くか?」
これも、少しは動いたが、ここで魔人が眉をひそめた。
「さすがに、まだ、肩は満足に動かせないっぽいか。でも、綺麗にボンドが乾いたら、なんとかなるって感じだぜ。我ながら驚いたな」
常人の目撃者がいたら、驚くどころの話じゃないはずだが、そんなこと気にしてない魔人であった。
「それにしても、地獄界の釜にいたころは、ここまで行けるなんて、俺でも思ってなかったからな。なかなかおもしろいことになってるもんだ。年齢を重ねた分だけ、不老不死の魔人も異形の実力を増していくってことか。ヒロキって奴とバトルっても、パワー勝負で上回るはずだぜ。あのときは知ったかぶりで余裕ぶっこいて見せたけど、ラッキーだったな」
魔人が左肩から手を離しながらつぶやいた。
「と、いうことは、だな。今後、ヒロキと一対一の殴りっこになったら、基本的に俺は勝てるってことだ。今回の喧嘩はまぐれ勝ちなんかじゃない。で、勝ったら閻魔姫は俺のものになる。そうすれば俺は晴れて自由だぜ」
遠い目をする。このとき、魔人の脳裏をよぎったのは、かつて地獄界に封印されたトラウマ的な記憶であった。魂を持たない、不死の魔人というだけで死神集団に囲まれ、地獄に連行され、釈明も赦されずに釜へ封印された過去。
「あんな思いは二度とごめんだぜ。絶対に自由を手に入れてやる」
つぶやき、魔人が右手をズボンのポケットに突っ込んだ。
「それはいいけど、三人もいる死神女を、どうあしらうか、だな。三人が一度に突っかかってきたらヤバいけど。――やっぱり、バラバラに行動してるところを近寄って、セクハラ大作戦で攻めてみるか。一度、ひどい目に遭えば、もう俺と喧嘩しようとは思わないだろうし。ヒロキも、アズサって死神に思い切ったことやってたもんなァ。ありゃーいい手だった」
ヒロキくんがアズサのオッパイ鷲づかみにしてたところまで魔人は見ていたらしい。
「それに、いいブツも手に入れたからな。ヒロキと死神女たちが束になって襲いかかってきても、今回よりはうまく切り抜けられるはずだ。いや、ひょっとしたら、ヒロキに命令して、閻魔姫をつれてこさせられるかも。――さすがにそれは期待し過ぎかな。いくらなんでも卑怯すぎるし。イヒヒ」
笑いながら魔人がポケットから右手をだした。その手ににぎられていたもの――
「閻魔姫たちも、いい加減に気がついた頃じゃないかな」
「あ、あの人です!」
饒舌な魔人のひとり言をさえぎる声が飛んだ。魔人が顔をあげると、青い顔をしたコンビニ店員が立っている。その背後には警官服が二名立っていた。
「あの人が、切り落とされた腕を持って、いきなり店にやってきて――」
「腕は、切り落とされていないようだがね?」
とは警官の台詞である。確かに、現時点で魔人の腕はつながっていた。コンビニ店員が、あれ? という顔をする。
「何か事件でもあったんですか?」
と、すっとボケたのは魔人である。ばれっこないという自信でもあるのか、のんきな顔でコンビニ店員まで近づいて行った。コンビニ店員が、目を白黒させながら魔人の腕を凝視する。
「いや、だって、そんな」
「そんなとか言われても困りますよ。ひょっとして、人違いしてるんじゃありません?」
笑顔で魔人がコンビニ店員の前に立った。コンビニ店員が、首をひねりつつも、魔人の腕に手を伸ばす。
「どっちの腕だったかな。俺がレジにいたら、あんたが――いや、本当に人違いだったかもしれないけど、腕が切れてて、それを、もう一方の腕で持ってて、接着剤はありますかって訊いてきて」
言いながらコンビニ店員が魔人の左腕をにぎった瞬間、ボトッと左腕が落ちた。これを専門用語でボトックス効果と言うわけがありません。
「あ、ほら。やっぱり腕はつながってなかったんだ。――って、えええええ!?」
「ありゃー。うまくごまかせると思ったのに、生乾きのところを急に触るから。大体、断りもなしで人の腕をつかみにかかるなんて失礼でしょうが。また接着のし直しだよ」
ブツクサ言いながら魔人が左腕を拾いあげた。ひょいと顔をあげると、無茶苦茶ビビった顔のコンビニ店員と警官二名である。そうなって当然であった。
「ちょっと、まずい空気っぽいんで、悪いけどズラかります。さようなら」
言うだけ言って魔人が背をむけた。スタコラサッサ。一瞬置いて、泡を食った警官が追おうと走りだす。
「待てェ! 待たんか!!」
「待たんと撃つぞ!!」
「なんも悪いことしとらんのに、なんで撃たれないといかんのよ?」
もっともな反論をこぼしながら、一〇〇メートル一〇秒以下の俊足で、魔人が警官の追跡を振り切った。
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