第八章 魔人同士の対決・その8

 そして、あらためて驚愕の表情を見せた。ヒロキくんは首のままで、それでも口をパクパクやっていたのである。魂を潰された兆候は見られない。


「なんでだ――?」


「あぶなかったァ」


 安堵の声は遠く離れた閻魔姫のものであった。魔人が目をむけると、閻魔姫の右手に金色の光が乗っている。ヒロキくんの魂であった。


「――閻魔姫、何をやった?」


「ヒロキの身体から魂を狩ったのは私よ。それと同じ。そのガラス瓶から、なかに入ってるヒロキの魂を狩ったのよ。前のときは、空に投げ飛ばされて、それどころじゃなかったけどね。あなたが割ったのは、中身の抜けた、ただのガラス瓶だけってわけ」


「な――」


「おっと。これ以上やるなら、私たちが相手になるわよ?」


 あらためての声が響く。同時に閻魔姫の前に現れたのは、アズサとザクロであった。ザクロが事情を説明して、アズサをつれてきたらしい。ふたりの構えた大鎌を見て、魔人が悔しげに後ずさった。左腕の外れてる現在では、分が悪すぎる。腹立たしげに、ちら、とヒロキくんの首に目をやった。


「まさか、おまえが、こんな卑怯者だったとはな」


《違う。誤解だ。俺は本当に約束を守ったし、きちんと決着をつけようとしたんだ》


「この報復はいずれさせてもらう。そのつもりでいろ」


 魔人が言い、背をむけて土手を駆けのぼった。ヒロキくんがそれを目で追う。――同時に愕然とした。魔人の逃走先に現れたのはユウキちゃんだったのである! ユウキちゃんはユウキちゃんで、心配になってヒロキくんのあとをつけてきたらしい。ザクロがかけた人払いの術は、とっくに解けていたのである。


《逃げろ!》


 ヒロキくんが声にならない絶叫をあげた。同時にヒロキくんの胴体がむきを変える。やっと首と胴体がうまくリンクしたのか、魔人を追おうと猛烈な勢いで走りだした。しかし間に合わない。魔人が舌なめずりをした。――確か、この女もヒロキの顔見知りだったな。人質にはちょうどいい。


「来てもらうぞ!」


 魔人が叫びながらユウキに飛びかかった。アズサやザクロも対処できないタイミングである。ユウキちゃんが抵抗できるはずもないのは、誰の目にも明らかであった。


 だが。


「うぐゥ!?」


 もだえるような声をあげ、魔人が動きを止めた。一瞬置き、無言で魔人が地に伏す。直後に追いついたヒロキくんの胴体が魔人を押さえつけた。


《――?》


 こちらも訳がわからず、ヒロキくんの首が目をむけた。少しして合点がいったらしく、苦笑する。かつて自分がユウキちゃんに何を言ったのか、思いだしたのであった。




『それから、相手が男だったら金的蹴りかなァ。いざってときは不意打ちでやってみな? 堪えられる奴なんていないから』




「え、えーと。何が起こったの?」


 足を跳ね上げた状態で、ポカンとユウキちゃんが訊く。――それはそれは見事な、男のシンボルへ必殺の一撃を放った人間の、事情をわかってない疑問符であった。


 そして、魔人の左腕と、魔人を押さえつけている人間の肩から上がちょん切れてることに気づいて、サッカー場に転がってるヒロキくんの生首を目撃したのである。


「キャ――――――――――――――――――――――――――――――――!?」


 ものすごい悲鳴をあげてユウキちゃんが失神した。愛する男の生首を見たんだから、仕方のない話である。

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