第一章 魂を狩りました・その4
「何ィ!? いま、なんつった?」
「何も言ってない! 聞き間違い! 忘れなさい!! ボタンに言えば、ちゃんと魂を戻せるから!!」
「いや、他人に頼む以前に、人の魂をぶんどったんなら、その反対のことをやれば、元に戻せるんじゃないか?」
「その理屈だと、人の命を奪った殺人犯人は、その反対のことをやれば、死んだ人間を生き返らせることができることになるけど?」
「あ、そうか。だめだこりゃ」
「それよりもね、実はね、私、あなたの魂を狩ったのは、ちゃんとした理由があったのよ」
「どんな?」
「それはね、いい? 覚悟して聞きなさいよ。えーとね。それはね。どうしようかな」
「おい実は考えてないんだろ」
「考えてるわよ! あ、そうだ。私、あなたを家来にしようと思ったのよ」
「はァ?」
「だって、私、家出してきたのよ? こっちの世界で身寄りなんかないし、住む場所と、それから、ボディガードも必要かな、と思って」
ヒロキくんの魂を狩ったのは予定通りということで、無理矢理押し通す気らしい。閻魔姫が立ち上がった。金色の光(=ヒロキくんの魂)を右手に、左手でポケットから香水くらいのサイズのガラスの小瓶をとりだす。
蓋をはずして、魂をギュウギュウ詰めだした。同時にヒロキくんが苦悶の顔で胸を押さえる。
「痛ててて! なななんだこれ!?」
「痛くて当然よ。魂と肉体って、目に見えない糸でつながってるんだから」
「そんな説明いらないから痛て痛て痛ててて! おい無茶しないでくれ! 俺の魂だぞ!」
「安心しなさい、これくらい大丈夫だから。たぶん」
「だって痛いし。痛ててて! ていうか、たぶんて言うな!!」
「きっと」
「きっとも駄目だ痛て痛て!!」
「おそらく」
「おそらくもNG痛てェー!!」
「うーん、じゃ、言い変えようかな。死ぬかもしれない」
「一番ひでェよそれ。つか、ししし死ぬ。本気で死ぬ」
「ヒロキがガタガタうるさいからでしょ。よし入った」
ガポン、と魂を小瓶に詰め込んで蓋をした閻魔姫が、ネックレスとつないで自分の首にかけた。
「そういうわけで、今日はこの家に泊まるから。いいわねヒロキ?」
呪いのわら人形に自分の髪の毛を入れてわがまま娘に預けた気分である。首を縦に振るしかないヒロキくんであった。
「これ、俺のパジャマの代えだ。こっちはジャージ。よかったら使ってくれ」
「ありがとうございます」
「御苦労ヒロキ。ほめてつかわす」
「そりゃーありがたいこって。それから、寝るところだけど、布団は部屋に二枚敷く。あとは誰かが押し入れで寝るってことになるな。ほかに場所もないし」
「わかりました。では、私が押し入れで寝ますので」
「いや、ボタンさんが押し入れってのは問題でしょ。レディに失礼です」
「お気遣いは必要ありません。本日、私はただの居候ですので。なんでしたら、天井裏で寝てもかまいませんし」
「んー。実を言うと、私、押し入れで寝てみたいんだけど」
「いえ。閻魔姫様に、そんなところで眠っていただくわけにはいきません」
「いいじゃない。ドラえもんみたいで」
「どろろん閻魔くんていうアニメがあったけど、ドラえもん閻魔姫ってのは聞いたことがないな。ま、そのへんはジャンケンで適当に決めてくれ」
ブツクサ言いながら、ヒロキくんが押し入れから布団を引っ張りだした。ひょいと振り返ると、閻魔姫がゴシックロリータの服をベロベロ脱いでいる。はじらいとは、まだ無縁な年齢らしい。閻魔大王様の娘で育ちがいいから、そのへん、わかってない可能性もある。
「おい。いくらなんでも、もう少しTPOを考えろ。俺はこれでも男だぞ。外で待ってるから、着替えたら声をかけてくれ」
パンツ一丁の閻魔姫に手遅れな忠告をして、ヒロキくんがパジャマを持って部屋をでた。自分は部屋の外で着替える気らしい。
「ヒロキ、もういいわよ」
閻魔姫の声が聞こえて、パジャマに着替えたヒロキくんが扉をあけて部屋に入った。ボタンがスッポンポンで立っている。死に装束というのは和服だから下着もつけてない。ピンク色のアズキのついた肉まんのような、馬鹿でっかいふくらみふたつと、その下の映倫カットなデルタゾーンを目撃したヒロキくんが部屋を飛びだした。
「よくねーよ! まだじゃねーか!」
「私は、べつにかまいませんが」
「かまうって! ボタンさん、いい歳なんだから考えてくれよ。いくつか知らねーけど」
「閻魔姫様が、もういいとおっしゃったら、私はそれでかまいません」
「少しはかまえ! いいからとっとと着換えろ! 俺が無意味に興奮するだろうが!」
「それは失礼しました」
すったもんだのあげく、だぶだぶのジャージに着替えた閻魔姫と、パジャマに着替えたボタンと、なんで俺がこんな目に的な顔をしたヒロキくんが自室で一堂に会した。
「じゃ、寝るぞ。もう文句ないな?」
ボタンが押し入れ、閻魔姫が隣の布団に入ったことを確認したヒロキくんが電気を消した。学校の宿題なんか、できるわけがない。普段のパワートレーニングやシャドーボクシングもである。それどころか、胸に手をあてても心臓の鼓動を感じないときた。結構ドタバタやってるのに、一階の両親が不審がってあがってこないのが不思議である。
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