第三章 アズサ・その3

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「ところで姫。姫の服って、ほかに、なんかあるのか?」


「え? そういえば、二、三着しか持ってこなかったわね」


「昼、私がいろいろと買いそろえておきました」


 という言葉は、相変わらず死に装束姿のボタンである。自分の格好はどうでもいいらしい。


「服を買ってくるなんて、気が利くなボタンさん。で、どんな服を買ったんだ?」


「閻魔姫様のご趣味に合うものを、こちらで、適当に」


「すると、いま着てるのと同じ、ゴスロリか」


 ヒロキくんが少し考えた。


「姫、服の趣味を変える気はないか?」


「なんで?」


「だって、学校で馬鹿にされたんだろ?」


「馬鹿にされたんじゃないわ。あいつらが私の趣味のことをわかってないだけよ。今度、ヒロキに命令してやっつけさせちゃおうっと」


 そういうふうに脳内変換したらしい。意固地になったら折れないというタイプの閻魔姫である。ヒロキくんがため息をついた。


「あんまりからかわれて、ブチ切れてボタンさんに魂を狩らせるとか、そういうパターンだけは絶対にやめてくれよ」


 金持ち喧嘩せずなんて大人の理屈が通用しないとは思ったが、一応は念を押したヒロキくんであった。――が、気がついたら、話相手の閻魔姫が隣にいない。振りむくと、閻魔姫は少し後ろで立ち止まっていた。関係ない方向を見ている。ボタンも同じだった。その視線の先には、OLさんらしい女性が立っている。


「姫?」


「あ、うん。あとでいいか」


 言って、閻魔姫がヒロキのそばまで小走りで近づいてきた。


「さっそくだけど、魂、見つけたから。ユウキを見たあとで狩るわよ」


「え? それって、あの人か?」


「あ、やっぱり。あなたにも見えるんだ?」


「一応、な。これってゾンビの特権かねー」


 ヒロキくんが目を凝らした。よく見ると、OLさんの頭の上に金色の輪っかが浮いている。


「ま、どうでもいいか。もう死んでる人なんだし、あとまわしにしても。それで姫、ユウキの家は、こっちでいいんだよな? あと、どの位でつく?」


「もうすぐよ」


 スマホを見ながら閻魔姫が言う。意外と近くに住んでたんだな、知らなかったぜ、などと考えるヒロキくんであった。


 それはいいけど、どうやってユウキを家から呼びだすか?


「あのさ、ボタンさん、透明人間みたいに姿を消したり、こっそり人の家に侵入するって、できますか?」


「職業柄、一応は可能ですが」


「じゃ、ユウキの家の前まで行ったら、ボタンさんが忍びこんで、ユウキの顔をスマホに撮って戻ってきてくださいよ」


「いま、私はスマートフォンを持っておりません。ヒロキさんの家に置いてきてしまいました。それに、不法侵入は犯罪ではないでしょうか」


「かたいこと言う人だね。いいじゃん、ちっとくらい。それと、スマホがないんなら、姫に借りればいいと思うけど」


「閻魔姫様の使用されているスマートフォンを、私のようなものが触るなど、とてもとても。それから、ユウキさんという方の許可もとらずに写真を撮るのは、個人情報の漏洩にあたるように思いますが」


「なんでそういう考え方するかなー。死神なのに」


「私は、平時から、違法に魂を狩っているわけではありませんので」


「あーそっか。それもそうでしたね」


「あ、家をでたわよ。ユウキって人」


 これはスマホをのぞきながら歩いている閻魔姫だった。


「どこに行くんだろ。こんな時間に」


「コンビニかなんかだろ」


 と、普通の人間なら考えるし、ヒロキくんも思っていた。


「あ、違う。なんか、結構なスピードで移動してる」


「ジョギングでもやってんのか?」


「うん。そうかもしれないけど。あっち」


「行ってみるか」


 閻魔姫が指さした方向に、軽い駆け足で進みだしたヒロキくんたちだったが、五分もしないうちに閻魔姫が立ち止まった。


「待ちなさいよヒロキ。私、疲れちゃった」


「はァ?」


「だって、ヒロキ、私より背が高くて足も長いのに、手加減なしで走るんだもん。私、ついていけなくて。あ、手加減じゃなくて足加減か」


「足加減なんて言葉があるのか知らないけど、だったらやめにするか? 明日、学校の前でユウキのことを紹介してやるから」


「ううん、今日見るって言ったら今日見る。ヒロキ、私のことをおんぶしなさい」


「何ィ?」


 とは言うものの、逆らえる立場でもないヒロキくんである。幸いなことに人目もない。ヒロキくん、仕方なく膝をついた。


「じゃ、おんぶするぞ。まさかボタンさんは、おんぶさせろなんて言いませんよね?」


「安心してください」


 などと言ってる間に、軽くて柔らかい感触がヒロキの背中におぶさった。


「ほい、乗ったわよ。じゃ、ヒロキGOGO」


「ナビ頼むぞ」


 ヒロキくんがダダダダダと走りだした。右に左にと指示を受けてひた走る後ろを、音もなくついていくボタン。住宅街をでて商店街をでて、気がついたらサッカー場のある河川敷にきていた。


「あ、むこうからくるよ」


 閻魔姫が通りを指さした。ヒロキくんが閻魔姫を背中から降ろす。少しして、通りの角から、自転車に乗ったワンピース姿のユウキちゃんが姿を現した。

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