第七章 奪われた魂・その4
迫力ある低音で、優しげに言う閻魔大王様であった。それにしても、家出した娘に、マジで一言も怒る気はないらしい。あきれたヒロキくんがジト目で見る。
『よし、考えついた。いい方法がある。まず、目の利く死神たちに命じて、そのヒロキという人間の肉体と、狩られた魂の間にある目に見えないつながりを、完全に断ち切ってしまおう。そうして、ヒロキの肉体と、狩られた魂を、まったくの無関係にする』
物騒な提案を閻魔大王様が立ててきた。声がでかいからヒロキくんにも丸聞こえである。不安げな顔をするヒロキくんの前で、閻魔大王様が説明をつづけた。
『そうすれば、ヒロキという人間の肉体は、もう蘇生する可能性のない、完全な不死者になるはずだ。それで、狩られた魂は、踏み潰そうがみじん切りにされようが問題なしになる。で、完全に不死者と化したヒロキは地獄界につれてきて、釜で封印してしまえばいい。寿命が尽きたら、普通の死人に戻るから、それから人間界に放り捨てれば済む話だ』
「あのー。俺、地獄界なんかに行きたくないんですけど。何か、ほかに手はないかって、姫から言ってやってくれませんか?」
「ねェパパ? 何か、ほかに手はないかって言ってるんだけど? ヒロキ、地獄界に行きたくないんだって。私も、自分の家来を釜で封印なんて、させたくないし」
『そうか。では、ヒロキの肉体と、狩られた魂のつながりを完全に断ち切った後、地獄界にある、べつの魂をスペアとして移植して、新しく肉体とつないでやろう。それで、ヒロキは生きている人間に戻る。あとは、閻魔姫が帰ってきてくれたら、パパ、なんにも怒ったりしないからね』
「冗談はやめてよ。ヒロキは私の家来で、不死の魔人なの。普通の人間に戻したりはさせないんだから絶対」
『ふーむ、難しいな。では、どうするか』
閻魔大王様が、スマホのむこうで少し考えた。
『よし。では、地獄界の牛頭と馬頭、それからほかの死神も総動員させて、人間界に乗りこませよう』
さらに穏便じゃないことを言いだした。
『それで、数にものを言わせて魔人を発見させる。魔人が、ヒロキの魂を人質にとろうが、三六〇度を囲んで、一斉に斬りかかれば、なんとかなるはずだ、手足を切り落とせば、魔人も反抗できなくなるだろうし』
「またすげーローラー作戦だな。そんなことやったら人間界が大騒ぎになるぞ」
『聞こえてるぞヒロキ』
ヒロキくんの独り言に閻魔大王様がコメントを返した。むこうはむこうでヒロキくんたちの声にも耳を澄ませているらしい。地獄耳とは言ったものである。
『安心しろヒロキ。あとで我々のことは人間たちの記憶から完全に消しておく。それなら文句はないと思わんか?』
「そりゃ、まァ、思わないとは言いませんけどね」
ヒロキくんが困った顔で、閻魔姫の持ってるスマホに話しかけた。
「それで、そのあと、どうするンすか?」
『もちろん魔人は再度封印させる。魂は貴様に戻してやろう。それで普通の人間に戻れるはずだ。それから、アズサに命じて、閻魔姫を地獄界につれ戻せば、何もかも元通りになる。めでたしめでたし、とっぴんぱらりのぷう。いい考えではないか』
「冗談じゃないわ。私、地獄界なんかに帰らないからね」
「俺も冗談じゃねーなー」
閻魔姫の拒絶にヒロキくんが同意した。手をだす。
「悪いけど、またスマホ貸してくれ。きちんと話をしたくなった」
「はい」
ヒロキくんが閻魔姫からスマホを受けとった。
「もしもし?」
『貴様、なぜ、いまの提案に同意せん?』
さっきとは違う、押し殺したような恫喝の声が響いた。
「ま、いろいろあってな。ぶっちゃけると、俺も閻魔姫と一緒にいて、なんだかんだ言って楽しかったんだ。だから地獄界に帰って欲しくない」
これは嘘である。『閻魔姫が地獄界に帰ったら、ユウキの寿命を伸ばせなくなるから困るんだ』これが本音であった。
「あら、そうだったの?」
と、横で返事をしたのは閻魔姫である。ヒロキくんの言葉が、まんざらでもないらしい。こういうところは閻魔姫もオマセさんである。それとは逆に、明らかに気配が変わったのは閻魔大王様であった。
『貴様、わかっているだろうな。もし娘に何かしたら――』
「ずいぶんな慌てようだな。ということは、いま、俺は人質をとってるってことか」
鋭いことを言ったヒロキくんである。閻魔大王様、ここは口が滑ったと後悔するところであった。
「ま、魔人をおとなしくさせたら、あらためて地獄界につれ戻すってのは、特に反対しない。ただ、釜に封印するのはやめてやれ。いままで考えてきたけど、さすがにかわいそうだ。『俺は悪いことをしていない』って魔人も言ってたし。手下の鬼どもと一緒に日雇いでこき使う、くらいでちょうどいい。それから、閻魔大王様が人間界に干渉するのは、今後一切なしだな。俺は不死の魔人って立場のままで、これからも人間界で生活する。閻魔姫は俺ン家の居候だ。その代わり、閻魔姫の身の安全は、俺が保証しよう」
『何ィ?』
「何ィじゃないだろ。交換条件としては悪くないと思うがな」
『貴様、そんな話を儂が信用するとでも』
「信用しないなら信用しないでもかまわないぜ。そっちの期待通りに、ガチで閻魔姫を人質として扱ったって、俺はべつにかまわないし」
この台詞には閻魔大王様も、『……』という沈黙を返すしかなかった。
「ほれ、わかったって言いな? つか、言うしかないんだって、理解できてるよな?」
『………………………………………………………………………………………………』
あんまり長いから、何かの切り取り線みたいになってしまった『……』である。
「返事がないなら、それでもいい。とにかく娘の安全が第一なら、人間界にちょっかいだすんじゃねーぞ。じゃ、切るからな」
『あ、キキキ貴様、ちょっと待て――』
「待ったなし」
一方的に通話を切り、ヒロキくんが閻魔姫にスマホを返した。閻魔姫、少し不思議そうにヒロキくんを見あげる。
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