第七章 奪われた魂・その3
2
「何ィ!?」
一瞬置いてから、ヒロキくんが絶叫した。反対に、笑ってごまかす閻魔姫である。アズサは無表情だった。ヒロキくんのことはどうでもいいらしい。隣に座っていたボタンも同じである。閻魔姫第一なんだから、結局はそうなるのであった。
「――それって、まずいんじゃない?」
ただ、小さく言ったのはザクロだった。心配そうにヒロキくんをながめる。もっとも、ヒロキくんはそれどころじゃないわけだが。
「ななななんでそんなこと早く言ってくれなかったんだよ!?」
「だって、私、いきなり空にブン投げられて、驚いてそれどころじゃなかったもん。家に戻ってきたら、ヒロキ、怖い顔でスマホだして、なんか、よく知らない人と長電話はじめるし。いま、やっと言える状況になったから、それで言ったのよ」
「だからって――というか、あれって、たとえば、魂の入ってる瓶ごと叩き割られて踏んづけられたら、俺、どうなるんだよ?」
「さァ? ボタン、どうなるの?」
「単純に考えれば、魂が傷つきますから、今後のヒロキさんの生活には、なんらかの支障がでるかと。下手をすれば即死。傷ついた魂は、転生にも使えないでしょうし、そのまま地獄界で破棄されるかと思われます」
「つまり、俺は生まれ変わることもできずに消滅する、と?」
「そうなります」
「すると、貴様のことは地獄の釜に封印しなくてもいいわけか。これは手間が省けるな」
アズサが嘲笑気味に言いくさった。もっとも、いまのヒロキくんに、そんな嫌がらせのコメントを聞いている余裕などは皆無である。
「俺、どうしよう?」
「安心して。いま、ちょっと、連絡してるから」
と、これは閻魔姫の台詞である。ここでヒロキくんも、閻魔姫がスマホをだしていることに気づいた。
「連絡って、どこに?」
「パパのとこ」
「あ、パパのとこか。なるほどね」
あまり考えずに反射で返事をしてから、再度、ギョッとなるヒロキくんであった。
「パパって、それ、閻魔大王様じゃねーか! その人にメールしてるのか!?」
「ううん。メールじゃなくて電話。実を言うと、さっきから、私たちの会話、ずっとパパに聞いてもらってたから」
「じゃ、いまの俺の声、閻魔大王様に聞いてもらってるわけ?」
「うん」
「俺、アズサさんに言われて、様ってつけておいてよかったなー」
小さい声でつぶやいてから、ヒロキくんが、ふと気づいた顔で死神レディースを見た。三人とも、さすがに緊張した面持ちである。地獄の御殿で謁見するのとは違って、不意打ちで連絡がつながっていたから仰天したらしい。学校で自習の時間にダベッてたら、怖い生活指導の先生に見られてたようなものである。
「でも、なんで閻魔大王様に電話したんだよ? 親父さんが気に入らないから家出してきたんじゃなかったのか?」
「だって、こんな騒ぎになったら、どうしようもないじゃない? だからパパに頼もうって思って」
「ふゥん。それで親父さんに連絡を入れた、か。ま、賢明な選択だな。自分は万能じゃないって認めたときが、大人になる第一歩だぜ。俺も安心したよ」
少々嫌味っぽく言いながらも、ヒロキくんが閻魔姫を見つめた。閻魔姫は平気な顔である。閻魔大王様に反発して家出してきたのに、もうどうでもいいらしい。女心となんとやらというのは、小学生の女子にも適用することわざのようである。
「ま、いいか。ところでスマホ、貸してくれ。話をしてみたい」
ヒロキくんが閻魔姫からスマホを受けとった。
「もしもし? はじめまして閻魔大王様?」
『貴様が不死の魔人か!?』
いきなりの怒号である。死神レディースどころか、閻魔姫の背筋までシャンと伸びるほどの威厳と迫力に満ちていたが、ヒロキくんには効かなかった。
「だからなんだっつんだよ?」
『貴様、娘に乱暴を働いたら、ただでは済まんとわかって――』
「あのな。俺は閻魔姫に手をだそうとした魔人から、閻魔姫を助けてやった魔人だぞ。勘違いするな」
『――なんだと?』
「あんたんとこの娘さん、ちょっとあって、まだ寿命が残ってる人間の魂を狩ったんだよ。それで不死の魔人になったのが俺だ」
『それならアズサから聞いておるわ。では、やはり貴様が娘に取り入った人間ではないか。若い男が、しかも人間の分際で、よくも儂の娘に』
「だから違うって言ってんだろうが。人の話聞いてんのか?」
「ちょっと代わって。なんだかヒロキじゃ、話にならないから」
言うと同時に閻魔姫がヒロキくんからスマホをひったくった。閻魔姫が一回深呼吸してから、スマホを耳にあてる。
「もしもし、パパ?」
『あ! 閻魔姫かい? パパですよー♪』
さっきとは一転、不気味な猫なで声がスマホから洩れた。ヒロキくんが死神レディースと顔を見合わせる。(これが閻魔大王様かよ?)(実はそうなのよ)という無言のやりとりの横で、閻魔姫がスマホで話をつづけた。
「あのね。私の家来のヒロキ、ちょっと大変なの。それでパパに助けてほしくって」
『おお、なんだい? パパにできることなら、なんだってやってあげるからね』
(アイコンタクトでヒロキくん)おい、閻魔大王様って、姫に無茶苦茶甘いじゃねーか。
(アイコンタクトで死神レディース)だから、そういう御方なんだってば。
「実は、ヒロキの魂、私が狩って、不死の魔人にしたんだけど、その魂、ほかの奴に持って行かれちゃったんだ。で、その魂、踏み潰されちゃったり、犬の餌にされちゃったら困るじゃない? だから、パパに、どうにかしてほしくって」
『なるほど、それは大変だね。では、パパにまかせておいで。なんとかしてあげるからね』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます